白は虫籠の色
見舞う人の羽織りの色
紺屋の主 後編
「気にしなくていい。君は心神喪失状態で判断に誤りがあるとしても不思議じゃなかった。」
「でも、報告書にはありのままを書きました。」
「うん、あれは良く書けていたね。」
「…読まれたんですか。」
夢の中でまとわりつく和やかな笑みが、血と、虚と、仲間の死の場面よりも頻繁に眠りを中断させる。それを知ってか知らずか莞爾と微笑まれるとよけい、逃げ出したい気持ちを押さえるのに苦労する。
「ああ。ただ皆は、僕の報告書のほうが妥当だと思うらしい。」
残念なことだね、誰にとっても。と付け加えると、わずかに眼鏡の奥の瞳が細くなる。
振り上げた細い斧は折れ、虫の声は人の耳に拾われないらしい。
「藍染隊長、…」
「何かな。」
「なぜ、私しか助けなかったんですか。」
あの時のやりきれなさと勢いを欠いた今では、そう問うのがやっとで、力だの地位を思うまでもなく刀を向ける気力が湧かない。
「一人生かされた幸せ、とは考えないのかな。」
一般的な生き残った者への励ましの言葉は、熱を込めて囁かれたために、あたかもずっと甘い情熱を帯びている別の言葉のようだった。
「隊長は…私だけ…?」
「君が真実に辿りつけることを祈っている。」
誰が聞いたとしても、ただの見舞いの文句だと受け取るだろう。
早く消えて欲しいと思う笑みが背を向けた時には、の手のうちの最後の切り札も抜き取られていた。
「あ…待ってください!まだ、聞きたいことがあるんです。」
流れを制する手は、そっと抜いた札を確認して一層愛想良く答える。
「それなら、また来てあげよう。待っていなさい。」
闇色で晴れやかな鋭さを秘めた網の目に、獲物は一歩を踏みいれた。
あとは、どこまでがよく見知った土地かを見極められない内に探索気分で奥へ奥へと忍び足で進むのだろう。用心深くも、好奇心に負けて。
本当は最初の一歩から、小さな虫は網の上を歩いていたにすぎないのだ。
◇あとがき◇
反乱の前のお話。
からめ手の悪に囚われるシチュエーションが好きなのです。