蝶よ花よ − 詰 −



その、簡素な机の上の瓶は仕事で着る白い上っ張りで隠すように忘れぬように包まれていた。

「これはなに。」

女に指さされた波璃越しには粘質の液が淀んでいる。

「ただの試料だ。」

「あけてもいい?」

説明不足だと言わんばかりに蓋を取ろうとするたおやかな手から、阿近は無言で瓶を取り返した。

「死体の処理に使うもんだぞ。」

血の通った女は毛ほども怯まず瓶を見る。しかし阿近が言ったことに偽りは無い。薬品は水分を吸収して保持する性質を帯びており、遺体の分泌物や浸出液などの流出を防ぐ目的で開発された。

「今までは詰め物に綿花を使うの一般的だったが、それじゃ体液なんかが漏れてくる上、感染の危険もある。」

これからこのゲル状の液を注入することになれば、処理する者の負担も減るだろう。そう話す阿近の手に握られた瓶の中ではゆっくりと物質が斜めに片寄ってゆく。

「実用化になったら」

が言う。

「阿近がその薬で遺体を処理するようになる?」

「いや。そいつは四番隊の仕事だ。」

と阿近が答えた。は瓶の中身から透明の壁を支える手の方へと目を泳がせ、かすかに眉を寄せた。

「…つまらない。ただの肉になっても私が触れてほしいのは阿近だのに。」

視線はそのまま腕を這い上る。死人のわがままなど聞けるものかと言い捨てた阿近ではあったが、目の前の今はすこぶる美しく浮気な女がただ静かに横たわる場面を溢れさせる自らの想像力こそ、止める薬が必要な気がしてならなかった。






◇2006.04.23◇



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