どんな気持ちで


夜遅く、もう間もなく日付が変わるだろう、という時間。規則正しい秒針がたゆまず動き、それにつれて長針がカチリと時刻を新しくした。

「…よし。」

あたしと同じ時計を眺めていた上司が、少し緊張を解いて息を吐き出す。それから、どうでもいいと言わんばかりの調子で「無事終われよー」とつけ加える。

「お疲れさまでした。檜佐木副隊長殿。」

たぶん、実習は無事に終わるんじゃないだろうか。あたし達は真央霊術院での実習での万が一の事態にそなえて待機していたけれど、こちらの存在が学徒に知らされることはない。だから応援の言葉も伝わることはない。
でも、それに関係なく檜佐木くんは毎回待機任務の終わるたびに、同じ言葉を呟いている。やっぱり六年のときの実習のせいかな。あれで傷を増やしたけど、そのぶん経験も増えたわけで、そういう積み重ねが今のリッパな檜佐木くんをつくったんだよねえ、なんて考えながらあたりを片づけるふりをしていると、伝令神機を手に報告を打っていた檜佐木くんが冷たい目をこっちへ向けた。

ー、もういいぞ。ニヤけてねえで早く帰れ」

「えー、夜遅いから一人じゃ危険だよ。檜佐木副隊長」

一応報告が終わるまでは、準勤務体勢なので「くん」はつけない。ダルそうにピコピコと報告を作成中の檜佐木くんは、あたしの訴えを鼻で笑った。

「や、先輩なら絶対だいじょーぶ」

「先輩」って言葉を強調して言っている。
確かに霊術院在学当時、檜佐木くんはあたしのニ学年下に居た。護廷入りもあたしのほうが早かった。でも…

「もー、はじめて会ったときは、同級生だと思ってたのに」



試験番号が近かったこともあるけれど、手ぶらで昼休みに一人ぼんやりしてた檜佐木くんに話しかけたのが最初。

その日は緊張しまくりでロクに食欲が無かったあたしより、落ちついた檜佐木くんのほうが数倍受かりそうだったのに、合格発表の日に檜佐木くんの名前は無くて、なんて言って良いか分からないまま必死で励ました。

“檜佐木くん、ほら、まだ来年があるし! 檜佐木くんはあたしより霊力も大きいし、あー、えっとあとー…はー…あっ! 目つきもあたしよりずっと悪いから次は絶対…”

そしたら、怖い顔で「目つきは関係ねぇだろ」って言われったっけ。あたしは鳩尾をギュッと掴まれたみたいに怯んでしまって謝れなくて、ずんずん大股で帰ってゆく檜佐木くんの後ろ姿を、こみあげる涙にチクチクする目で見ていた。



「檜佐木くんは出世したねぇ」

あたしは床に座ったまま、檜佐木くんを見上げて言う。なんと、あのあと再チャレンジにも失敗したのにねぇ、なんて気持ちが伝わったのか、パキンと音を立てて伝令神機を閉じた檜佐木くんが唸るように言った。

「人が二回すべったことなんか、いい加減忘れろ」

「べつにいいでしょー、そのあとゴボウ抜きで昇進したんだから。副隊長殿!」

てめぇ、それぜんぜん尊敬してねぇだろ。」

案外ふつうの顔で檜佐木くんに言われたことに、あたしは急いで立ち上がり、いかにも心外そうに、そんなことはないって言う。そうやって、驚きのあまり変に早口になりそうな自分をごまかしていた。
呼ぶときに尊敬してないっていうのはぴったりしないけど。檜佐木くんはあたしが最初に目をつけて、この人は絶対強い! って確信した人だから、トントン拍子に昇進して行くのが自分のことみたいに嬉しい。それで、つい、官位で呼ぶときは「尊敬!」「上官殿!」って部分より「やったね!」って気持ちのほうが強くなるのかもしれない。

「そんなこと無い無い!」

どうして嬉しいのを隠したいんだろう。尊敬、と言ってしまってもいいはずなのに、ともチラリと思う。

「そうか?」

そうそう、なんて笑顔で言いながら、あたしは檜佐木くんより先に、ふたりで待機していた部屋を出た。









◇06.08.16◇
ヒート・ザ・ソウル3の修兵@学ラン姿に触発されて書いたお話。でも学ランの出番はナシ(笑)



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