ある種の夢を見る。
 そこに見た情景は、何日か、何週間かあとに、
 あるいは忘れた頃に、現実となる。



 不可欠な条件



 あいつが追いかけてきたから足をゆるめた。



 背後から近づく霊圧は禍々しく冷たい。
 半ばあきらめてはいるが、うんざりした顔で振り向く。

「知らんふりもないやろ。」

 ああ夢だ。これは。
 五感すべてのなんとも言えない手ざわり。
 はっきり自覚した自分が内心微かに眉を寄せる。

 向きあっているのは薄笑いを浮かべた細身の男だ。
 袖の無い白い羽織を死覇装に重ねている。

「何でしょうか。隊長殿」

「また、そないな呼びかたして」

 やや語尾を下げ、つかつかと歩いてくる姿を逐一見ていたはずが、滑りこむように詰められた間合いは目に止まらず。
 ひょいと左手を取られるのも避けられなかった。
 蜘蛛のように、骨張った白い手がこちらの手をやんわり捕らえて目の高さへと、これ見よがしに上がるのに言葉を無くす。

「なあ、

 さきほどより笑みを深くしている目元にあわせて、口の端があがる。
 額を近寄せ、なにか話しているようだが声はこちらに届かない。
 危険を察知して反射的に引っぱった手は、固く強く握られていて鈍く痛んだ。

「っ…」

 手を自由にするべく、二度三度と引く。

「市丸ッ…」

 手を握られている感触だけは、くっきり形を持っている。
 間近で細い銀色の髪がさらさらと揺れる、抜けるように色の白い男が、笑っている。
 いつものように目を細めて。
 いつも以上に、やたら楽しげに。
 放してもらえない手は痛くてたまらないというのに。

「市丸っ!」

 呻いた自分の声では目を覚ました。
 霧が晴れたように夢はかき消え、無機質な天井が視界に広がる。
 消毒薬の匂いがただよっている。
 手の違和感だけは居座り続けている。

 ……?

 左手の違和感に向けてゆっくり首を回すと、ちょこんと椅子に座った少年が、いくぶん気づかわしげに見ているのと目が合った。
 幸い、外見がの記憶通りの市丸ギンである。

「ごめんな。ボクのせいや。」

 相手を数秒眺めていて、記憶に、実技の時間に派手に負けたことがよみがえった。溜息と共に呟いた声はかすれていた。

「そうか」

、強いしぃ手加減忘れてもうたんや。一瞬。」

 それは嘘だ。
 間髪入れずに確信した。お前に限って何の力加減も無しに、相手を殺さずにいられるものか。と。
 こいつは、ずっとこんな風に振舞いながら、あんな大人になるのだろうか。
 その事実が恐ろしい気も、やりきれないような気もする。

「おかげで、夢にまで、お前が出ていた…」

 疲れた声のまま、握られている手をぐっと引いたが、うまくいかなかった。

「ずぅっとボクの名前言うてた。」

「知っている。手を放せ。」

「そらボクのせぇやけど、」

 一見儚く見える少年は、やや声をひそめると、意固地に両の手で握りしめている手に、そっと頬を寄せながらおもむろに、いつも細めてばかりの目を開いてみせた。
 闇の中の獣を連想させる鋭さで睨めつける瞳は危うい光を帯びている。

「うなされるほど、怖かったん?」

 大人になったお前は、もっと老獪で狡猾で、そんな隙のあるカマは掛けなくなるだろう。
 それが分かっていたとしても、ひねくれた子供を変えるのは、とても自分の手に負える仕事でない。

「いや違う」

 「あれ」に比べれば、まだ…。
 つい先程まで見ていた男を思い出すと、可笑しみすら湧いてくる。

「お前は、ぜんぜん怖くない。今は、子供じゃ…ないか…」

 話し途中に猛然と眠気が襲いかかり、小さく笑いながら語尾を途切れさせた。
 心地好く、きめ細かい肌が手に触れたから、話すかわりに何度か軽く撫でてやった。

 その先で、市丸がどんな顔をしたのかは見なかった。
 ただ、手を握り締めてくる力が緩んだことに、やけに安堵したのは覚えている。












◇08.10.02◇
 そんな時代もあったねと、いつかは言える。そんな、そこはかとなく甘いお話になりました。



夢小説 | リンク |  雑記 | 案内