犬か猫


「一生どっちかしか飼えないとしたら、犬と」

「寝る」

 聞くまでも無いとばかりに背が向けられ、みるみる布団で覆われてゆく。
 あわてて鏡を置いて振り向いたが、左右反転した景色があるだけだ。

「いいじゃないですか。どっちが好きか、くらい」

「やちるに聞け」

 よくある二者択一の雑談。
 ”犬と猫、どっちが好き?”は瞬く間に斬り払われて跡形もない。
 気が乗らないのはわかっていても、たまには相手をしてくれても良いだろうと思う。

「どっちも、きらい?」

 布団の中へ滑りこみ、広い背中に呟きかける。
 正直、自分は犬と猫にこだわってるわけじゃない。
 寝返りを打って背中合わせになるようにする。
 これはこれで、とても、いい。

「……強えぇほう」

 うっかり、ボソリと返ってきたのに驚いた。

  「じゃぁ、宇宙最強甲乙つけ難き犬と猫」

 一体どんなものだろうと思いつつ、笑みを含んで囁き返す。
 チッと舌打ちされた途端、左肩をがっちりつかまれた。
 無抵抗に引きずり込まれれば、左と右は上と下へと変化する。

「しつけえぞ」

 てめぇは、との一言は耳元で小さく追加される。
 言葉あそびが嫌いなのだ。
 つまらない、舌先三寸のやりとりに何をこだわることがあるのかと。

「逃げたの、は……どっち、だと思う?」

 柚雨を、別の答え方で黙らせにかかる。

「さあな」

 卵が殻を剥かれるように、衣が剥がされ肌が空気と触れあい、
 また骨ばった手にふれられて、問いと答えのように絡みあう。
 甘い吐息を相手の耳に聞かせるついでに、もうひと押し。
 こっちだって退き際に一矢報いたい。

「……ね、剣八」

 男が、こちらとと全く色合いの違う息をつき、面倒そのものという声音が吐き捨てる。

「犬」

「いぬ?」

 繰り返す。
 どうしてか、という意味合いを含ませて。
 ひとつ手にすると、もうひとつ。
 この人と居ると欲が深くなるようだ。
 それで、胸を騒がせながら子供のようにせがんでみる。
 もし、放り出されたら? という瀬戸際を踏む。

 ささやかで聞き逃しかねないほどの、喉の奥での笑いを拾った。
 続けて、あらたな疑問が解きほぐされる。

「食えるから、な」

 ひどい、と言いながら小さく笑う。
 そうしながら相手の着物に手をかける。

「おい……しい?」

 肌に手をつけた唇が音を立てずに、その端を上げる。

「あぁ」

 これ以上、何か言わせないように。
 もう何も、聞かなくていいように。
 唇を重ねるのは求めるものが一致した結果。

 ゆっくりと、ぬくもりが熱へと上昇してゆく。
 会話は、まだ始まったばかりだ。

















◇2015.2.22
 鏡はヒロインの私物です。






夢小説 | リンク |  雑記 | 案内