数日後「国境に異状あり」との報が入り、
 妙な男の来訪は、伊達屋敷に異例の速さで伝わっていた。


    晴天の霹靂 〜後編〜


 この数日というもの、多忙を極めていたのは確かだ。
 しかしなにゆえ、こうも政宗様は気が立っておられるのか。
 忠臣の鑑、竜の右眼たる片倉小十郎は眉間にシワを刻んでいた。

「てめえ、俺に一言あるんじゃねえのか?」

 政宗は修練着姿。仁王立ちで、大変機嫌が悪い。

「こたびの者は前田の風来坊。政宗様のお手をわずらわせることは」

「Shut up! そんな事ぁわかってる!」

「いかがなされました。お咎めを受ける手落ちは」

 やはり再び言葉はさえぎられ、白刃が突きつけられる。

 一体全体なんだってんだ……?

 元来、熱くなりやすい主君のヒートアップぶりに内心ため息をつく。
 この数日、見かけぬ忍が領内に出没するとの報を受け、政宗の見えぬ所で小競り合いがあった。
 こちらの被害は少なかったものの、怪しい忍の捕縛に至らなかったのは手痛い。
 無論、政宗への報告は欠かさず、見張りを増やし日夜勤めに励んでいたと自負している。
 他の者を休ませてまで働いていた、という以外に咎め立てを受ける心当たりは無い。
 そもそも武人としての当然の働きが政宗の逆鱗にふれたことなど無い。
 ゆえに自信を持って、言葉を続けた。

「この小十郎、何一つございませぬ」

「OK……トークはやめだ。外へ出やがれッ!」

「政宗様!」

 頭をよぎった「ご乱心」という語を振り払い、とっさに開け放たれた障子の外へ退く。
 さきほどまで座っていた場所に斬撃の跡を残すような一閃だった。
 主君に咎めを受けて打たれる覚悟は出来ている。
 しかし、怒りまかせの無礼打ちをしかける主に仕えた覚えはない。

「おそれながら、お怒りの理由、お聞かせ願いたい!」

「Ah? はじめっから言ってんだろうが! 俺が、何も知らねえとでも思ってんのか」

 刀を構えた政宗は完全に目が座っている。
 殺気立つ主君を前に、小十郎が慎重に間合いをはかっていた時
 遠方から馬の駆ける音が近づいてきた。

 こんな時に!

 と、苛立った隙に政宗が容赦なく斬りこむ。

「抜けよ」

 こうなれば心ならずも主に刃向かうは止む無し。
 腹をくくるしかないようだ。

「ご無礼仕る」

 と、主従が向き合ったところに、邪魔者は到着した。

「ちょっとちょっと、独眼竜さん何やってんだよ。
 やめたやめたー!!」

 前田の遊び人だ。
 能天気な声が普段以上に腹立たしい。

「めでたいってのに。親の顔、子どもに見せない気かい?」

「バラすんじゃねえ! このHappy野郎が」

「なんだって怒ってんのさ。俺さ、幸村からも預かりもんがあるんだよ」

「あいつまで知ってんのか!?」

 相変わらず政宗は小十郎から注意をそらさないものの、度重なる会話は
 幸か不幸か刃を交える空気を削いでしまっていた。
 相対的に高まった政宗の憤りとは裏腹に。

 ……あれ、が、なぜ。

 小十郎にとって、元服前に石入りの雪玉を投げつけられ昏倒して以来の衝撃だった。

「小十郎ッ! 俺にだけ黙ってやがるたぁ、どういう魂胆だ」

 政宗にしてみれば、背中を預ける第一の信を置く家臣の事。
 いかに多忙だろうと、慶事の一言は一番に報告されてしかるべきである。
 その日が来れば、必ずや共に祝う心づもりであった。
 ところが小十郎は黙し、よもや人づてに聞くことになろうとは。
 領民から「片倉様に御子が」と聞いてから今日まで2日も待った政宗は辛抱強かったと言える。

 片や、小十郎の知らぬ所でとばっちりを食らっていたのが佐助だった。
 政宗を良き宿敵と定める真田幸村は自分を棚に上げて家臣を案じたのだ。
 もののふたるもの、主に遠慮せずに世継ぎをなすべき。
 だから佐助には暇をやる。しばらくは勤めを変えて励むように、と命じた。
 当然、そんな命を鵜呑みにできる佐助ではない。
 戦忍と一城の主の違いを説いたものの、幸村は大方の予想通り「遠慮するな」と爽やかに言い放った。
 かくして佐助は無給で暇をもらったフリをしつつ仕事をするハメに陥った。
 なんとも怒りのやり場が無い状況である。
 そこへ通りかかった風来坊に、幸村をたきつけて祝いの物を持たせたのだ。
 ささやかな鬱憤晴らしをしたとて、誰が佐助を責められようか。

 誠実に祝いの品を携えて来た慶次は馬を降り、仲裁役をかって出ずにはいられなかった。

「片倉さん。その、なんか言いにくい事情? ってのがあったんだよな?」

「Shut up! 小十郎の主は俺だ」

「うわっ、おっかない主だねえ」

 確かに。今の政宗なら通りがかりの動くものを片っ端から斬りかねない。
 同感しつつ、主君が前田の馬鹿者を斬ることは防がねばならない。
 風来坊であっても、前田慶次は加賀藩主の縁者である。
 小十郎は、ひとまず、あまりの殺気に人少なであることに妥協した。

「政宗様。主家に先んじて家臣が子を持つことはありませぬ」

「Ah? どういう意味だ。無事に生まれりゃそれまでだろうが」

「そうだよ。生まれる前から祝い事だろ?」 

 主従にそろって睨みつけられた慶次は肩をすくめて口を閉じた。
 どうも黙っていたほうが良さそうだ。

「こたびの子は斬りますれば」

 ええっ!? そんな事許すのかよ!
 慶次は人の道を踏み外さんとするなら、口は出さずとも手を出してやろうと拳を固める。
 政宗は、しばし小十郎と向き合ったのち、静かに応えた。

「……All right。そういうことか」

「はっ、家中より洩れた噂が御心を騒がせ、面目次第もございませぬ」

「そんなこたぁ良い」

「政宗様!」

 自らの忠心を解してくださったのだ。
 心にもなく我が子を手にかける事も、これで報われる。
 しかし……、引き締めた表情の下に曇る心を封じ、小十郎は安堵した。

「小十郎」

 油断はあった。
 主の激情がおさまるには速すぎる。
 たとえ静かな口調に、穏やかな笑みを浮かべていようと
 至近距離の政宗の隻眼を見るまで気づかなかったとは、不覚。

「諫言なら別の手を考えやがれ! 馬鹿野郎ッ」

 言いざま、思い切り殴り飛ばされてから
 小十郎は鉄の味を噛みしめ、文字通り己の未熟さを痛感した。




「まあ! 小十郎さま、いかがなされました」

。これは、政宗様と……ちょっとな。
 俺が仕える方は、大器であられる」

 小十郎さまの腫れ上がったお顔など、初めてでございます。
 よほど政宗殿のお言葉が効いたのですね。
 わたくしの胸も空く思いにございます。

 形あるものも、なきものも嬉しゅうございますけれど、
 主の命に逆らえぬ、という立派な名目がなによりの祝いの品。
 わたくしの忍も隠しおおせたゆえ、こたびの戦は完勝!
 小十郎さま、良き家臣としてだけでなく、良き父君でいてくださいませね。









  











◇2015.03.06
 このお話は「子を手にかけようとした小十郎を政宗が止めた」という史実にもとづいています。
 小十郎は忠臣だったかもしれませんが、母は強し、です。






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