は白いお花の咲く道を行くことにしました。
この道には風船みたいな形の蕾をつけるお花が生えています。
咲いた花は五枚の花びらが品良く広がり、すっきりと伸びた茎の上で揺れています。
「わぁ、きれい。」
そうだ、何本かおばあさんに持って行ってあげよう。
さっそくはお花を摘みはじめました。
つぼみも混ぜようかな、と思ってお花を選ぶのに夢中になっていたからでしょうか。いつの間にかの後ろに、誰かが立っているのに気がつきませんでした。
「誰の許しを得て花を摘む? この不届き者。」
よくとおる威厳のある声でした。
「だれ?」
振り向くとそこには、森に古くから住んでいる、気高い血筋の狼さんが立っていました。名前は朽木白哉です。
「このあたりは我が家の所領。それを知っての狼藉か。」
端正な顔立ちですが、厳しい口調。
にこりともしない顔からは、取りつくしまの無い非情さを感じます。
狼さんの家がどこまで庭を持っているかなんて、にはわかりませんが、ここはひとまず謝ってしまうしかなさそうです。
なにしろ、これ以上怒らせたら頭からぱくっと食べられてしまうかもしれません。
「ご、ごめんなさいっ! 狼さんのお庭だなんて知らなかったんです。お花を返しますから、許してください。」
お花を差しだすと、狼さんはしばらく黙って切れ長の瞳でお花とを見ていましたが、ふと、何かに気づいたように「そうか」と呟きました。
「どこかで見たように思ったのだ。」
「え?」
許してもらえたのかどうかわからなくて、がお花を差しだしたまま固まっていると、狼は流れるようにしなやかに膝を折って屈み、そっとの手首をとりました。
「亡き妻も、そのように摘んだ花を私に一番に贈ってくれたものだった…」
狼さんは何やら感傷的な、懐かしいものを見るようにみつめています。どうやら花を持ったの姿が、在りし日の奥方を思い出させたようです。
「…あのーあたしは…ほかのお花を摘みに行く、ので」
できるだけ回想にひたっている狼さんの邪魔をしないように、は控えめに手を放してもらおうと引っぱりました。
「もしや、緋真が許してくれているのだろうか…新しい運命の出会いを。」
は、はっきりわからないものの、とてつもなくマズイことが起こりつつあるような気がしはじめました。きっと、静かに自分の想いを語りつづけている狼さんから一刻も早く離れなければいけません。
「いえ、あたしはお花を摘むだけじゃなくて、花冠とかつくって、おばあちゃんにあげないといけないし!」
「花冠?」
自分の世界にはまりこんでいた狼さんが、やっと話を聞いてくれるようです。は、ほっとしました。あとはお別れを言うだけです。
「だから狼さん。さような……えぇっ?」
ふわ、と足が地面を離れます。すらりとした身体に見えても、狼さんは人間よりずっと力があるので、を軽々抱えるなんて造作もないのです。
「それは、義妹も喜びそうな話だ。来るがいい。」
狼さんは朽木家の当主なので、他人に命令し慣れているのです。その上、決断力と行動力を合わせ持っていました。腕の中のは、ぱたぱた足を動かして降ろしてもらえそうな事を言ってみます。
「でもっ、おばあちゃんにワインとケーキを届けないといけないんです! 降ろしてくださいっ!!」
「案ずるな。」
きっぱりと、そして、なんとわずかに口もとに笑みを浮かべて、最初よりずっとずっと優しい声で狼さんが言いました。
「届け物なら、私が家のものに命じよう。」
が思わず、狼さんの形の良い耳や、涼やかで気品あふれる端正な眼差しに見惚れてしまって、ぼうっとした隙に、狼さんは森の奥深くを目指して風のように走りだしました。
あとには手を振るように、白い花が揺れています。
たぶんきっと、めでたしめでたし。
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