リリエンタールと夏服ガール
下は熱気満杯のアスファルト。
日暮れが近いというのに空気は高温多湿。
太陽は最後の最後まで暑い一日にしようと頑張っている。
ついに暑さがアタマに来ちゃったんだろうか。
部活帰りの夕方、あたしは首をひねった。
目の前の坂道。
犬(らしきもの)が三輪車押してるんですけど。
「ふぬっ、負けませんぞお! きっと、ここを、こえればっ、あにうえがいるはずっ」
いやいや、そこの坂をこえたら何があるかっていうと、コンビニだよ。
お兄さんと、はぐれちゃったのかな?
そう思って普通に歩いてたら、すぐにフシギな犬を追い越せる位置まで追いついた。
よいしょよいしょ、ふひー、と三輪車を押してる犬は、足が遅い。
でも、ゼーゼー言ってて、これが精一杯っぽい。
「ねー、迷子?」
「はっ!」
くるん、とこっちを向いたそいつは、見たことないカワイさだった。
どっちかっていうと大きすぎる鼻、てれんと垂れた耳、涙ぐんでいる黒くつぶらな瞳。やわらかそうな明るい毛並。
ぜんぶぜんぶクリーンヒット!
「うっ、ま、迷子ではありません!
わたくしめはっ、日野リリエンタールともうします!」
うんうん。びしって立って、しっかりご挨拶ができちゃうなんて賢い! 礼儀正しい!
でも、手を離した三輪車は、ゆーっくりと坂を後戻りしていく。
「あっ、だめなのですフライヤー号」
のばした小さい手は、スカッと宙をかいた。
坂を三輪車がすべり落ちるスピードのほうが、少し速かったらしい。
「あーっ、っ…わッ」
リリエンタールがあっさりこけた。
おぶっ、という潰れるような声を背中で聞いて、私はトントンッと数歩で三輪車に追いつくと、それを引っ張って犬の所へ戻る。
「はい、気をつけてね。」
「おおっフライヤー号! ありがとうごます!」
「いいからいいから、ていうか、上まであたしが持ってったげる。」
相手がアタフタしてるうちに、フライヤー号は無事に坂の上へ着いた。
持ち主より先に。
「たすかったのです。ほんとうに、ありがとうごます!」
勢いよく頭を下げると、耳もいっしょに上下してるのがカワイイ。
ところで? と、あたしは周りを見まわした。
「お兄さんと待ち合わせ?」
「うっ、べつに、そういうわけではないのです。
ただ、あにうえはこっちのはず、とおもったのです。」
迷子じゃん。
「えー、そうなんだ。
日野博士のとこのコなら、変わってるのもわかるな。
そうだ! リリちゃん、とりあえずアイスでも食べよ?
あ、あたしはです。よろしくー。」
「みずきどの、はじめましてです。
アイスは、わたくしめ、おかねをもっていないので、」
「だいじょーぶ!」
フライヤー号を注意深くコンビニの前に置いてから、あたしは自動ドアの前へ立った。
「リリちゃん、カワイイからオゴっちゃう。」
「なんと!? カワっ…」
「わ、赤くなるんだ! いつも、なに食べるの? なにが好き?」
「わたくしめは、その、えーと、こまってしまいますな。」
「ほら、お兄さんにはアイス食べてからケータイで電話したげるし。
だから、いいでしょ?」
笑顔で言いながら、あたしって悪いことしてるかな? と思ったけど、リリちゃんが真剣な目で「ではラムネあじですな。」なんて言うからいけない。
食べながらいろいろ聞いちゃおう、あたしも同じのにしようかな? とか、もう止まれない。
アイスを買って、リリちゃんと、ちょっと遅めのおやつタイム。
「ほぉー、あまいですなー。」
「うん。おいしいね。」
さくさく、と口の中でアイスがくずれる。
うーん。しあわせ。
「どの。」
「でいいよ。」
「、どの。」
ぎこちない呼ばれ方が、なんだかくすぐったい。
「殿」はつけなくていいんだけど、手加減してあげようかな。
「はい。なんでしょ〜?」
「なつは、アイスがすきなのです。」
「そっかあ。あたしも!」
つけ加えるなら、だれかと食べるのが最高。
ひんやりした舌を休めながら、あたしはリリちゃんと笑いあった。
◇11.08.13◇
夏の、ほのぼの話です。