入社式ナシ。
 社長の挨拶ナシ。
 歓迎会ナシ。
 同期の有無は不明。
 新人研修は任意。

 少し、いや、かなり変わったところに私は就職した。


  Yerrow Submarine


「ここでの大まかな規則は以上です。
 なにか質問は?」

「いいえ、特にありません。」

 担当者から聞いたのは、賃金や休暇についての説明と、基本的な勤務上の心得で、それによると私は、しばらくアルバイトとして研修や仕事をしたあとで正式な構成員になるらしい。
 説明が終わると、黒い携帯とカードキーを渡された。
 携帯は、普通に売られている物より、はるかに高機能だ。

「マネージャーへの面会は、緊急時および、指示が無いかぎり、
 アポイントを取ってからにしてください。」

「はい。」

 研修を受けるかどうかは、完全に自由だ。
 私がカフェテリアでのランチのあと、大学の履修登録を考える時よりマジメに携帯を突っついて資料を見ていたら、邪魔が入った。

「よう、ミス・タロットちゃん。」

「食後に研修選びで悩む時間があるなんて、うらやましいですね。」

「こんにちは、先輩。
 お茶の淹れ方から勉強しようかと思ってたところです。」

 そう言うと、エリート組の二人が吹き出した。

「あー、ニホンじゃオフィスのお茶くみって重要任務なんだっけな?」

 他人をからかうのが趣味なのか、新人がめずらしいのかどちらだろう。
 こっちからも質問してみる。

「じゃ、お二人のオススメは何ですか?」

 品定めするように私を見、ブロンドの方が勿体ぶって口を開いた。

「何ヶ国語しゃべれるんだ?」

「…2ヶ国語。」

 フンと鼻で笑うと、黒髪の相棒にヤレヤレと肩をすくめてみせている。

「決まりだな。語学か、ダンスだ。」

「ダンス?」

「いざとなったらボディランゲージってヤツだよ!」

 バカにして! と、とむくれた私を、もう一度二人が顔を見合わせて笑っている。
 仕事ができて頭も良いかもしれないけど、性格は最悪だ!

「そう怒るなよ。携帯の番号は?
 オレ達のも教えといてやる。」

「どうして?」

「ぼく達が、いつでもミス・タロットを呼び出せるようにです。」

 なるほど。
 ここの構成員は小人数でチームを作って動いている。チーム同士で協力することもある。
 困ったときに頼りたくない相手だけれど、知り合いを作っておかないと、ただのアルバイトの私は頼りない気もする。
 でも、それとは別に、ひっかかることがある。
 番号を交換するついでに言った。

「さっきから気になってるんですけど、私の名前はです。
 ミス・タロットって呼ばないでください。」

 どう見てもバカにされてるみたいだし、私の特技がタロットオンリーみたいに聞こえる。

「そんな通り名、適当に呼ばれてるうちに広まったら嫌です。
 だいたいエリート組とかサングラス組とかも、直球すぎっていうか、
 ネーミングセンスとかの前に、緊張感ゼロじゃありませんか?」

 あっけにとられて私の話を聞いていた二人が、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「おいおい、ペーペーのくせに怖いもん知らずだな。」

「? なにがですか?」

「チーム名は、シュバインさんが決めてるって知らないんですね。」

「は?」

 とてもじゃないけど信じられない、けれど、ぽかんと口を開けたままだった私を、二人が勝ち誇った笑顔で見おろしている。
 まさか…ね?

「ま、お前を呼ぶなんてネコの手でも借りたいときだろうな。
 めったにないから安心しといていいぜ。」

「そうだ。恋占いが必要な、ティーンエイジャーのお守りの任務の時なんか、役に立ちそうですよ。」

「ははッ、そういう使い道もあるか。
 おい、せいぜいオレらの足引っ張らねえように頑張れよ。」

 当っているだけに腹の立つ台詞を残して、エリート組は立ち去った。
 やっぱり格闘術は習ったほうが良いかもしれない。
 あいつらにナメられないレベルまでは時間がかかるとしても。

 ここに入ってから気がついたのは、成績至上主義が徹底されていることだ。
 弱肉強食の競争社会。強い奴は弱い奴に威張って当然。非人間的で、不平等で、非情の……って、悪の組織なんだから、そういうものか。
 今のところ、私の担当しそうなのは、事務作業か、構成員の動向モニターぐらいだから、任務の足を引っ張ることなんか無いと思う。

 でも、強くなってやる! あのダブルボンボンにバカにされないぐらいに! という目標ができた私は、もう一度携帯を操作して「研修一覧」のファイルを開いた。
 と、2ページも進まないうちに、視界を無視できないほど大きな影が遮った。

、あいつらなんか気にするなよ!」

 勢い良くそう言うなり、許可も求めずに空いていた向いの席に陣取った”先輩”は、黒のサングラスとスーツをビシッと着こなしている。
 しかし、その前に置かれた本日の昼食は、ケチャップを可愛くサカナ模様にトッピングしたオムライスだ。

「アキラ…先輩。」

 うむっ、と力強くうなずいてくれる、年下で未成年の”先輩”。
 良い人だとは思う。
 ここにいるメンバーの中では。

「あいつら、ちょっと出世コースだからって、誰にでもえらそうにしやがるんだ。
 困ったことがあったらオレに言えよ!」

 言ったところで、なんとかしてもらえる気はあまりしないけれど、せっかくなのでお礼を言っておいた。アキラの銃さばきと行動力には定評がある。
 そういえば、この人も新人の頃は研修を受けたんだろうか。

「アキラ先輩は、どんな研修を受けたんですか?」

「研修? 戦闘訓練なら今でも受けてるぜ。それから銃のメンテと、射撃と、模擬戦。筋トレも欠かさねーし、っていうかオレ、いつか45口径フル装填で1.3キロになるようなヤツも軽く使えるようになんのが夢なんだ。」

「はぁ…すごいですね。」

「だろ? 9パラは扱いやすい。けどさ、こうもっと…」

 しまった、この人の志望動機は「銃が持ちたかったから」だった。

 ぱくぱくとオムライスを攻略しながら、どこまでも銃の種類について話し続けるアキラを見ながら、思う。
 私は、なんでこんな組織に入ってしまったんだろう、と。
 ついでに、いつかこんな環境に慣れてしまうのかな、なんて想像すると、怖いようなワクワクするような不思議な気分がする。

 私は、もう変わり始めているのかもしれない。















◇2010.07.04◇
 シュバインさんが登場しない、組織の日常編です。
 ほのぼのな内情を書くのが楽しいです。
 なお、コミックス第1巻のキャラクター紹介によると、アキラの好きな食べ物は「チーズハンバーグ、オムライス、カレー」、嫌いな食べ物は「かぶ、だいこん」だそうです。




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