私は、本殿へ参拝したあと、一人で屋台を見てまわっていた。
例年通り祭り囃子は賑やかに流れ、人の波は社殿に向って流れているけれど、私の視線は、どっちを向いても個性的すぎる屋台の売り子さん達に釘付けだった。
去年もこんな感じだったっけ?
戦国屋台祭り
遠くからでもよく聞こえてきたのは、若いわりに錆の効いた威勢の良い声。
元気に泳ぐ金魚を前にして、眼帯をつけた、どう見てもカタギに見えないお兄さんがひときわ大きく声を張る。
元親「あんたも一勝負やってけよ。釣れる魚が逃げてく前にな!」
金魚すくいは苦手だから、チラッと見るだけにしておこうかな。
元親「苦手? 水に負けねぇコツも教えてやるぜ!」
親切な申し出だったけど、かなり強面の迫力に押されて「お腹が空いてるんで、あとで来ます!」と言って、その場を離れてしまった。
そうだ、射的も楽しそう。
かわいいヌイグルミとか、あるかな? と店を覗くと、お店の人は呼び込みを一休みしていた。
なんだか打ち合わせ中みたい。
元就「すべては我の計算通り。
見よ、上位景品が落ちるなど、万に一つもありえぬ。」
冷たく悪い笑みを浮かべて部下の人と話していたのは、聞かなかったことにして、そーっと別の店へ移動した。
あれ? なぜか、こっちはケンカになっちゃってる。
ていうか、お店の人が次々クジを開けてるところを初めて見た。
長政「なんだ、このクジは! アタリなど一つも無いではないか。
人を欺くは悪! 兄者を信じて今まで来たが、もう我慢できぬ。
これより、正義の名のもとに直談判に出向く!」
お市「…長政さま…、売物を開けてしまうのは…正義なの?」
長政「確認のためには多少の犠牲も止むをえまい。
真実を追うは正義だ! 悪は削除する!」
ここは開店休業になったから、近くの当て物のお店を覗いてみる。
そこでは、線が細い優雅な物腰の男の人が携帯で話していた。
半兵衛「ああ秀吉、万事滞り無く進んでいるよ。敵は自滅した。
君の手を煩わせることもない。
え? いやだな。
…僕はただ、彼に疑うことを勧めただけだよ。」
声を掛けにくい雰囲気だし、先に何か食べることにしよう。
あっちこっちから良い匂いが流れてきている。
その中の、焼きそば屋さんに目をつけた。
呼び込みかと思ったら、真紅の法被をまとった人が、すごく気合の入った名乗りをあげていた。
幸村「我こそは、真田源次郎幸村なりぃいいい!
うおぉおおおおお! お館さまっ、この幸村、
見事、全食完売し、ご期待に応えてみせまするぞ!」
そう叫ぶなり、目にも止まらぬ早業で、特大のコテ2本を両手に持ち、一気呵成にソバを炒め上げる。
出来上がった焼きそばは次々宙を舞い、それを横で待機してる人が見事に容器で受け止める。
屋台っていうより、なにか名人芸を見てるみたい。
何やら、ヒソヒソささやく声が聞こえてきた。
佐助「旦那ぁ、そんな豪勢に肉入れちゃダメだって〜」
幸村「むぅ、なかなかに奥が深い。
ならばっ、いざ精進あるのみぃいいいっ!」
そんなやりとりを、うっかり釘付けになって見ているうちに、お店の前には、おいしそうな焼きソバの気配に引かれて人垣ができ、見る間に長い列を作った。
しまった…。
うなだれかけた時、クレープ屋さんが目に入った。
甘いものでもいいかな、と足を向けると、ひんやりとした猫撫で声の店員さんが迎えてくれた。
光秀「おや、いらっしゃいませ。
首の皮ほどの薄さの生地に、殺したてのフルーツは膾切り。
ソースは飛び散る血潮のようにたっぷりと…。
ふふ、おいしいですよ。」
どっちかって言うと愛想の良い店員さんみたいだけど、冷たく底知れない笑みを向けられた途端、背筋に冷たい汗が流れた。
なので、つい、「すみませんっ、ご飯まだなんです!」と言うなり回れ右をして、その店の前から離れてしまった。
なんだか喉がかわいたな、と思ったところで見つけたのはカキ氷屋さん。
でも、お客さんが多い。
かすが「謙信さま、あとはかすがにお任せください。」
謙信「ええ、必ず皆の喉を潤す甘露ができました。
これも、そなたがシロップを掛けてくれるおかげ。
その手際、繊麗にして非の打ち所がありません。」
かすが「っ! 謙信さま!」
どうしよう。男の人に優しく手を取られた女の人が、薔薇の花を散らして身悶えしたところから先は、見てるこっちが恥ずかしくなってきたんで、別のお店へ。
お茶と、じゃがバターとかもいいかな。
今度は、ご夫婦で開けてるお店を見つけた。
まつ「犬千代さま、ひと休みなさいませ。
お弁当をご用意いたしましたゆえ。」
利家「しかし、ちょうどお客が」
まつ「この場は、まつめがお預かりいたします。
さ、何をご所望でいらっしゃいますか?」
わー、なんだか、今夜はじめてホッとした気がする。
うきうきとトッピングを選んでいたら、背後に人の気配がした。
途端に、和やかだったお店の人の目が、キッと吊り上がる。
まつ「慶次! また、こんな時間まで遊び歩いてっ!
家の手伝いをおろそかにするとは、どのような了見ですか。」
言われた方は、慣れた様子で相手をなだめる。
慶次「どうにも、この祭りの空気ってヤツが楽しくってさ。
お、うまそうな弁当。まつ姉ちゃんの手作り?」
利家「おう、うまいぞ! まつのメシは三国一だ。」
まつ「まああっ、嬉しゅうございます!」
いいのかなぁ。天にも登りそうな勢いで機嫌が良くなったお店の人から、タダでじゃがバターをもらっちゃった。
お腹も空いてたし、歩きながらジャガイモをつついてたら、また何かの行列に行き当った。
若い女性の興奮ぎみな声が聞こえてくる。
「キャー、政宗さまと目があっちゃった!」
「あたしは、小十郎さまに、差し入れのお礼だからって、青ノリ増量してもらったんだから!」
何気に、元手があまり掛かってなさそうなサービスだけど、そんな手堅さも気になって、盛り上がっている屋台を覗いてみた。
鉄板の前には、キリリと襷掛けをし、右目に眼帯をしたお兄さんが、両手に銀串を3本ずつ持って、びっくりするぐらい華麗にタコ焼きを焼いていた。
次々タコ焼きが返されるリズム感、焼き上げた端から舟に並べる手際も、流れるように鮮やかで見とれずにはいられない。
政宗「っと、一丁あがりだ!
あわてて口ん中火傷すんなよ、You See?」
小十郎「お客様、マヨネーズはどうされますか?」
隣に控えた人が、そつなく渋くサポートしていて、コンビネーションも抜群。
私は、人気爆発なことに心から納得して、そこを離れた。
じゃがバターを食べ終わったあたりで、ちょっと甘い物が食べたくなった。
目に入ったのは、リンゴ飴の屋台。
店には、仮面(?)をつけた人と、いなせな着流しが似合うロマンスグレーの男の人がいる。
着流しの人が私に気づいて、手にしていた本から目を上げた。
久秀「瑣末なことだが、私は夏になると塚本邦雄が読みたくなる。」
え? と、台に刺されたリンゴ飴と同じくらいに固まった私を、面白がるように目を細めてから、歌を一首、読み上げる。
久秀「 ”鮮紅のダリアのあたり君がゆかずとも戦争ははじまつてゐる” 」
せせら笑うように息を吐き、話を続ける。
私は、まるで目に見えない沼に足を取られ、ズブズブと際限無く沈んでいくような気がした。
久秀「えてして人は、安寧のうちに過去の痛みを忘れ去る。
平和、とは、人を腐らせる毒だと思わんかね。」
何も言えずにいると、すっ、と音も無く赤いリンゴ飴が一本さしだされる。
思わず受け取ると、相手は、少し満足気に口の端をゆるめた。
久秀「これを、討たれし武人の首と見立てるのも、また一興。
いや、気にせんでくれたまえ。それはただの菓子だ。」
そんな言い方されたら、気になるに決まってるでしょ!?
お祭り気分が吹っ飛んだじゃない、と言い返せなかっただけでなく、お金まで払った私は、完膚なきまでに迫力負けしていた。
しょんぼり歩いていると、横から心配そうな声が掛かった。
小山田「落とし物でもされましたか?」
顔を上げて声のしたほうを見ると、ベビーカステラの屋台から、おだやかに微笑んでいる人がいた。
ふと、あたりを見まわすと、いつの間にか賑やかな場所から離れていて、お囃子の音は遠く、人影もまばらだ。
小山田「そうだ。ひとつ、試食いかがですか。」
たぶん、屋台を出す場所としては、あまり恵まれていないのだろう。それなのに、さして気にする風でもなく、和やかな口振りだ。
ひとつもらったカステラは、ほんのり甘くて柔らかかった。
そういえば、お祭りなのに、じゃがバターしか食べていない。
今日は楽しもうって決めていたのに。
そう思うと、せっかく面白い屋台が沢山あるのに、見るだけで終らせかかっているのも、もったいない気がしてきた。
小山田「ここはそろそろ仕舞って、花火見物に行こうかな。」
そんなことを、すこし寂しそうにに言われたので、カステラを一袋買うことにした。
そう。祭りの夜は、まだまだこれから。
しっとりした焼き菓子の袋を持ち、リンゴ飴をひとかじり。
花火か、どこかの屋台にリベンジか、ちょっとワクワクし始める自分が居る。
振り返れば、明るい屋台の灯が手招いている。
私は、すっかり元気を取り戻して、新しく足を踏みだした。
◇2010.8.28◇
小ネタのつもりが、長い話になりました。
はじめに思いついたのは金魚屋元親だけだったのに。
さすが、奥州筆頭と真田幸村は何をさせても見事にこなすし、光秀はノリまくりでクレープ屋をしてくれるし、意外にも久秀さんが長く喋ってくれて楽しかったです。
ちなみに、謙信のカキ氷屋は氷系の技から連想しました。