異空間。
 私の街には、そうとしか呼べない通りが、ある。

 どのへんが「異」なのかというと、その通りの大半のお店が超個性的なのだ。
 どのお店もいいところはある。でも誰にでも居心地が良いかどうかは、微妙。
 それぞれ一番の繁盛目指してシノギを削っている。

 人呼んで「群雄喫茶ストリート」
 幸か不幸か、おもしろい噂に事欠かない通りは、昔から私の通学路だった。


   〜元親VS元就編〜


 私はふと、通い慣れた通りの、ある店の前で足を止めた。
 店の前にはカフェのメニューなどが書かれるような黒板が、生花で飾って立てられている。

 そこには勇ましい字体で新しいお知らせが踊っている。

 ”祝! 新装開店!

     居酒屋 富嶽”

 そっか。ついに商売替えしたのか。
 それでお祝いに看板が届いたんだ。

 私は心から納得すると同時に、ちょっと寂しい気がした。

 ここ、前は喫茶店だった。
 到底「喫茶」とは思えないような店だったけど。

 まず、建物は昔の倉を再利用したもので、鋲打の厚い扉を開けると店内は昼でも蛍光灯に照らされてた。
 椅子は小さめの樽に座布団が乗っけられたもの。
 机はがっしりとした荒削りな木の大机がいくつか。
 それから靴を脱いで上がる座敷が壁際にあり、そこは別に個室でもなんでもなく、丸いちゃぶ台が3つ4つ壁にそって並べてあった。

 これだけでも、ぜんぜん喫茶店らしくないのに、店員さんがまた、ものすごく漢! って感じの硬派な人ばかりだった。
 椅子は座りにくいしランチはホッケ定食とかで量が多いし、でも、私はけっこう気に入ってたのにな。

 しんみり「新装開店」の字を眺めていたら、ギィッと扉が開いた。

「おう! 今帰りか?」

「元親さん」

 休憩時間なのか、名物店長が挨拶してくれた。

「お店、居酒屋さんになったんですね」

「あん?」

 首をかしげた元親さんが店の前を見回し、花で飾られた黒板を発見した途端、ちょっと道行く人が振りかえるぐらいの声をあげた。
 といっても普段から声が大きい。

「なんっだこりゃあ!?」

 続いて凄まじい勢いで振り返られた私は思わず一歩後ずさった。

「おい! 誰が置いて行きやがったか見たか?」

「み、見てないです! ていうか、声大きいですっ」

 私に怒ってないと分かっていても、焦る。
 うっかりしたら喧嘩と間違われて警察を呼ばれかねないし。

「あの、落ち着いて元親さん、えーと……」

 なだめようと、とりあえず口を開いたところに背後から気品のある落ち着き払った声が割りこんだ。

「愚かしい。恫喝してまで客集めか?」

「てめえ……口に気をつけろよ、毛利」

 すごまれた相手は、どこ吹く風といった様子で端正な顔に笑みを浮かべた。
 因縁の商売敵に、ではなく私に向って。

「新たに、そば粉のクレープをメニューに加えるにあたり、数量限定特別価格にて試食してくれる者を募っている。
 この期に友など誘い、ぜひ食した感想を聞かせて欲しい」

 すっ、と差し出されたチケットに思わず目が釘付けになる。
 これはトップアイドルのコンサート並に入手困難なチケットだ。

 喫茶「富嶽」を目の敵にしている毛利さんは、通りを挟んだ向いの大人気クレープ専門店の店長を務めている。

 お店の名前は「クレープリー・ソレイユ」
 フランス料理の店から出発し、系列店は他の場所にも出店しているそうだ。
 若い女性を中心に人気が高くて、土日には行列の絶えることがない。

「わぁっ、ありがとうございます!」

 チケットを手にウキウキしてたら、反対側から、ものすごい機嫌の悪さを圧縮した低い声が響いた。

「てめえこそ客引きにガツガツしてんじゃねえか」

「何のことか分からぬな。これは、正当な営業活動よ」

 ふん、と相手をせせら笑う顔は、さっき私に向けたのとは全く違う。
 どうにも気まずくハラハラするけど、チケットに喜んでるのも事実で居心地が悪い。
 反目しあう相手の客を奪うことが醍醐味なら、私だから、という理由なんて無いんだろう。
 それを考えると、すこし胸の奥がモヤモヤしてしまう。

 そんな私の頭ごしに冷ややかな戦いは続く。

「看板だが、我が贈ったという証拠でもあるのか」

「てめぇじゃなきゃ誰だってんだ」

「さあな。しかし物は考えようではないのか。
 貴様の店が喫茶を名乗るなど片腹痛いわ」

「勝手に趣味を押し付けんじゃねえよ。
 繁盛してるもん勝ちだろうが!」

 毛利さんにしてみれば、そこが一番気に食わないのだ。
 自分の美意識に反する店とシェア争いをするなんて腹立たしい、と。
 相手が目障りなのは元親さんの方も同じで、何かにつけて二人は張り合っている。

 それにしても、私は、まだお酒が飲めないし。
 富嶽が居酒屋になったら、今以上に”漢”っぽい店になりそう。

「私は、富嶽が居酒屋になったら嫌かも」

 ぽそっと呟くと、尖っていた元親さんの瞳が柔らいだ。

「そりゃ、ありえねえから安心しな」

 たまに見せるそういう顔が女性客の間で高ポイントなのを元親さんは知ってるんだろうか?

 きっとクレープ試食のチャンスと同じくらい稀少価値がある、と確信したけれど、いい潮時だったので、私は名物店長二人にさよならを言って、その場を離れた。












◇2015.2.25
 屋台版で味をしめて商店街版を書きました。
 VS物は、たいてい前者が勝ち気味です。






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