Best Tea Time
ショッピングモールの1階にある店は、出窓のような半円形のスペースがあって、サンルームのように陽の光が入ってくる。
私は、見慣れた明るいティールームで、アルバイト前の時間を、大学の先輩とおしゃべりしてすごしていた。
「すごーい、外資系なんて!
おめでとうございますっ!」
「…ん、ありがと。」
なぜか先輩はフクザツな顔をしてる。
先週まで、こんなギリギリの時期まで決まらないって焦ってたから、内定が取れてウキウキしてると思ったのに。
今日の先輩は黒いスーツを着ていて、急に大人っぽくなったみたい。
そういえば、新人研修の帰りだって言ってたっけ。
「先輩、研修…難しいですか?」
「え、そんなことないないっ!
あの、人間関係が、ちょっとアレだけど、研修は楽しい。」
「イヤミなお局さまがいるとか?」
先輩が、やっと声を立てて笑うと首をふった。
「そんな人はいないなぁ。ただねー、えー…と。
あっそうそう、上司のオヤジがヘビースモーカーなんだ!
オフィスに呼び出されたら煙たくてさー。2つの意味で。」
事務所じゃなく、「オフィス」って言うのがカッコイイなあ、と思ってたら、先輩が腕時計を見てから私に言った。
「、そろそろ時間じゃない?」
「ほんと! 私、行かないと。先輩は、どうぞごゆっくり。」
席を立つと、先輩がひらひら手を振った。
私はスタッフのロッカー室へ向うと、急いで着替える。
黒い丈の長いワンピースの上に、上品なフリルがついた白いエプロン。そしてキャップ。
このメイドさんっぽい制服には、男女問わずファンが多いらしい。
さあ、今日もがんばるぞ! と気合を入れてフロアへ出ると、さっそくお客さまが来店された。
「いらっしゃいませ!」
続けて、お席に案内しようとした私は、目を丸くして相手を見つめた。
「あーっ、傘の方!」
「ごきげんよう、お嬢さん。これは奇遇ですな。」
この前、雨に降られて困っていた私に、自分の傘をくれた人だった。
あの日から、忘れようとしても忘れられなかった男性は、帽子をとって恭しくお辞儀してくださった。あいかわらず、昔の洋画に出てくる役者さんみたいに。
私も、できるだけしとやかにお辞儀を返すと、舞い上がりそうになるのを押さえて仕事のマニュアルへ戻った。
「わたくし、がご案内させていただきます。
お煙草はお吸いになられますか?」
いつも通りの質問だったのに、相手は私の名前を聞くなりハッとした表情になると、すぐさま、きょとんとしている私に申し訳なさそうに話しはじめた。
「なんと! 先に女性に名乗らせるなど、紳士にあるまじき非礼。
許していただけますかな? お嬢さん。
遅ればせながら、私は紳士ウィルバーと申します。
こちらは部下のローライズ・ロンリー・ロン毛。」
言い終わるなりウィルバーさんが部下の人に合図すると、電光石火で折りたたみ式の可愛いテーブルがセットされ、見る間にお茶の準備が整った。
すごい! なんて手際が良いの!
でも、「私の自己紹介はマニュアルでした」なんて言い出せない雰囲気だ。
ていうか、もしかしてこれは…自己紹介につづいてフリートーク、ってこと?
「どうぞ、お掛けください。」
「はい!」
二つ返事で腰を下ろすと、香り豊かな紅茶がカップに注がれる。
カップから目を上げると、ウィルバーさんが優雅にお菓子をすすめてくれている。
ひとくち紅茶を飲むと、思わずため息が出た。
「おいしい、です。」
「フフ、それは何より。」
あ、笑うと八重歯がのぞいて、意外なチャームポイント!
こんなに早く、一緒にお茶できるなんて思わなかった。
私は、そのままウィルバーさんの笑顔を見ていたかったけど、ちゃんと言わなくちゃいけないことも、忘れていない。
そう、「こんどは私に、傘のお礼をさせてください!」って言わないと!
OKもらったら、お茶にお誘いして、次は美術館…とかが良いのかな? それとも音楽会?
ウィルバーさんの好きな音楽と、絵、どっちの話を先に聞こう?
いや、その前に!
好きなお茶は? 嫌いな食べ物は? 誕生日はいつなのかな。
えーと、それから…。
「さ〜ん? な、に、を、してるの?」
まるで耳元で地獄の番犬が唸るような声がして、あやうく悲鳴を上げそうになった。
「チ、チーフ!」
「ここ、出入り口だよね?」
「あ、わわっ、そ、そーでした。」
チーフが、謝るのも忘れて怯えている私から、ギロリと剣呑な目をウィルバーさん達に向けた。
ウィルバーさんは、傾けていたカップを静かにソーサーへ置いてから、おもむろに口を開く。
「これは失礼。ですが、話をするのに、お嬢さんを立たせっぱなしでは失礼極まり無い。
紳士として当然のことをしたまでです。」
ぜんぜん謝ってる感じがしなかったけど、自信あふれる態度は、とっても男らしかった。
後ろに立っていたローライズの人が、ボソッと突っ込む。
「でも営業妨害っス。」
「そうです! 当店では、飲食物のお持込はご遠慮いただいております。」
それでもまだ、常識的な意見なんてどこ吹く風で、はっはっは、なんて笑いながら悠然と構えている人を置いておいて、チーフがクルリと私の方に向き直った。
顔はニッコリしているのに、目が、南極なみに冷たい。
こわい、っていうより、すごくすごーくヤバイかも。
「あなたは今日かぎりで結構です。」
「えっ、そんな…」
言いわけしようにも、気がつけば店の前は、野次馬やお客さんらしき人達であふれかえっている。
―――しまったぁ…
せっかく、片想いの方に再会できた日にクビになるなんて。
だけど、つい素敵なシチュエーションと、ウィルバーさんのノリに流されてしまった私が悪い。
ガックリうなだれていると、スッと手がさしのべられた。
「お嬢さん、あなたに、そんな悲しい顔は似合いませんな。」
「ウィルバーさん。」
目と目が合った瞬間、稲妻のようにアイディアがひらめいた。
これは、神さまがくれたチャンスなんだ!
私は自分の手を、そっとウィルバーさんに預けた。そのまま優しく引き寄せられて、二人の距離が縮まる。
その近さが嬉しくて顔がゆるみそうになり、必死に笑いを堪えると体が震えた。
私は、強く唇を噛みしめてから、できるだけしょんぼり肩を落として、小さな声で言った。
「これから、どうしたらいいのか…。
ウィルバーさん、相談に…乗っていただけますか?」
思った通り、ウィルバーさんは懸命に私を励ましながら、できるかぎり力になると約束してくださった。
神さま、ありがとう! 私、もっと幸せになれそうです!
◇10.01.09◇
この二人、まだつきあってないのに
なんて、早くもバカップルなんでしょう(笑)
ちなみに、ここのヒロインの「先輩」は、シュバイン夢のヒロインです。