当然の慶事。
 家中の誰もが、そう思っておりました。


    晴天の霹靂 〜前編〜


 人払いをすませるやいなや、膝を進めて再びお聞きせずにはいられませんでした。

「小十郎さま! さきの言葉、まことにございまするか?」

「この片倉小十郎に二言は無え。
 。俺に嫁いだ以上、政宗様の家臣としての覚悟。含んでおけ」

 わたくしは首を縦にして、しとやかに泣き崩れるように身を伏せました。
 初めのご報告には喜んでくださいましたのに。
 今、立ち際にチラと目に入った拳は、固く握りしめられておりました。
 小十郎さまの本心は、お言葉通りではございませんでしょう?

 わたくしこそ、いくらなんでも納得できませぬ!
 殿よりさずかった御子を殺すなど、言語道断にございます。
 家中の者はきつく口止めされ、このままでは懐妊の噂すら立たぬ有様。

 ややは、おのこやもしれません。
 なればお家の跡継。
 ……いえ男だの女だのわからずとも、おなごにも意地がございます。
 いまだ月満ちぬうちに子を斬るなどとおっしゃるとは、あまりに非情な仕打ちです。
 小十郎さま、わたくしは悲しゅうございます。

 しかも理由が「政宗様より先に子を持つは、家臣として僭越」とは!
 主君のご事情は関わりなきことにございます!
 そこは男子として伊達殿の甲斐性が、いえ、お世継ぎより天下を見定めておられるまでのこと。
 小十郎さまの頭にはネギでも詰まってらっしゃるのではございませんか?

 ああ、いけませんわ。
 このように気を荒立てては、お腹の子に障りましょう。
 母として、なんとしても守らねば。
 わたくしは深く息を吸って吐くことを繰り返したのち
 ふところより小さな笛を取り出し一吹きいたしました。
 即座に目の前へ忍が降り立ちます。

「姫」

「聞きましたか」

「はっ」

「殿は哀しきお方。おのれの子より伊達家への忠心が大事ゆえ、譲れぬお心にあるのです」

 戦の世において、くノ一の数名は嫁入り道具にございます。
 今日のような日のため、憂いを払うには備えあればこそ。
 わたくしとて小十郎さまをお慕い申し上げておりますゆえ、打てるかぎりの手を打ちまする!

「ご主君の領内に噂を広めておくれ。
 片倉家に慶事あり。小十郎さまは良き畑に恵まれておいでだと」

「ッ…身命を賭して!」

「警護の手は薄れてもよい。甲斐武田へも同様に」

「承知」

 ご領内への仕事より、他国へ報を流すほうがたやすいことでしょう。
 小十郎さまの目と、わたくしの忍。
 相手に取って不足はございませぬ。

 風のように忍が姿を消すと、人払いしておいた侍女を呼びました。
 年を重ねた者とは言え、こたびの殿のお言葉に動揺している様子。
 わたくしは傷心を装って、ぐったりと身を伏せておりましょう。

「ああ、北の方様。殿は、殿の御心はいかに?」

「……もう、ややは生まれても……乳母のッ心配は、ありませぬ」

 言葉を失っておろおろと背をさすり、横になるよう慰める侍女。
 戦はこれからにございます。
 小十郎さまの恐ろしきご決心、必ずや翻していただきます!










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◇2015.03.06







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