忍ぶれど 〜前編〜


 わたくし、伊達家にお仕えしております忍。
 と申します。

 実は先ごろ、密偵の命を受け駿河を訪れた折、聞き捨てならぬ噂を耳にいたしました。

 あろうことか、我が主にまつわる無礼千万なる言い草にございます。


”うむうむ。麿は満足じゃ。旅の者の話は面白いのう。

 聞けば奥州の独眼竜とやらは、歌や舞、茶の湯はおろか、おなごにも目をくれず戦に明け暮れておるそうじゃ。
 風雅を愛する麿には解せぬことよ。
 これまでは田舎侍ゆえかと思うておじゃったが、今宵、そなたの話にハタと膝を打ったわ。
 おなごも美童も侍らせず、戦場に鍛錬に、常に付き従うは”龍の右目”とのぅ。
 それ、下々の者も噂しておろう?
 かの”右目”こそ、独眼竜の衆道の相手とな。

 なんと、そなたは初耳とな?
 なんでも軍師殿が夜な夜な枕頭に侍り、独眼竜と夜具の上で戦三昧。
 花の如き小姓ならば絵にもなろうに、むくつけき男が趣味とは、つくづく風流でないのう。

 なに? とても、そうは思えぬと申すか?
 しかしの…火の無いところになんとやら、じゃ。
 噂は諸国で囁かれておじゃる。
 ホッホッホッホ。
 独眼竜が軍師とデキておっても、麿は許すぞよ。

 おお、そのような顔をいたすでない。
 麿は…、麿はちがうぞよ。
 苦しゅうない。いま少し、近こう寄れ。
 おぉ、まこと見目良きおなごじゃのう、さ、酌をするがよい。”


 もちろん、いまいましき義元めは早々に一服盛って酔い潰し、お役目を全うしてまいりました。

 全くもって、政宗様が片倉様をご寵愛でいらっしゃるなど、根も葉も無い戯言でございます。

 ……。

 …なれど……こう…なにか……。

 いえ、噂は噂。

 そのような事のあるはずが……とは言っても、私が全ての戦場に同道したわけでもなければ、日頃、片時も目を離さずにお仕えしているわけでもなし…。

 …よもや、これほど近くに恋敵がいようとは…

 いえ、いえいえいえいえ!

 忍に色恋沙汰はご法度。
 身分違いも重々承知しております。
 政宗様はいつの日か、良き家の姫を娶られるのです。

 私は、ただずっとお側で政宗様のお幸せをお守りできれば…
 それだけで、満足…、いえ、身に過ぎた幸せにございましょう。

 私としたことが、このような雑念に迷うなど家臣としてあるまじきこと。
 そもそも、いちいち取るに足らぬ輩の妄言に惑うていては、忍はつとまりません。
 いま一度、気を引き締めねば。

 ……でも…。

 ああっ、なにゆえ帰途についてこの方、こうもつまらぬ噂が頭を離れないのでしょうか。

 …そういえば政宗様、縁組の話が出る度、面倒だと言われて蹴りつづけておられますね…。

 加えて、家中の女のみならず、ご領内の娘などへも、なにか、それらしき興味を示されている気配も察した覚えがありません。

 万が一…。

 いえ、決して主を疑うてかかろうとは申しません。
 噂を真に受けようというので無く、万がひとつの憂うべき事態を懸念してのこと。

 と言いますのも、政宗様が女人にご興味がおありで無いとなれば、これはお家の一大事。
 武家の当主たるもの、お務めは戦場でのお働きのみにあらず。
 積極的に世継をもうけ、お家繁栄の礎を成していただくことも夢々おろそかになさってはなりません。

 つまり、お家断絶などという事態を防ぐため、忠心より働き、お諌めすることも家臣の責務。
 私心にあらず、純粋に主君を案じているのでございます。

 となれば、まずは事の真偽を明らかにせねば。
 けれど、政宗様は言うに及ばず、片倉様にも「お二人は、主従の関係を越えた間柄でおいでですか」とは伺いかねます。
 ここだけの話、片倉様はお怒りになると、それはもう鬼に変じたかと見紛うほどの猛々しさ。剣の腕も一流。
 不意を突くならいざ知らず、正面から相手取る羽目になれば、死力を尽くすことになりましょう。
 噂が真であれ偽りであれ、どちらへ転んでも穏やかには済みますまい。

 さて、どのような手を用いましょうか?








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◇2010.10.03◇
 身分違いの恋。
 でも、どっちかっていうとラブコメです。






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