忍ぶれど 〜中編〜


「鍛錬に変化を、と仰っしゃられましても、
 政宗様のお相手となりますと、並の者では務まりますまい。」

「こないだの奴は? あいつは女だてらに骨があった。
 オレの首を取る気で来いっつって、真に受けたバカは初めてだ。」

「…あの者には、密偵の任についております。
 戻るまで今しばらくかかりましょう。」

 小十郎は、終始、オレの提案に気が乗らなさそうだった。
 だが、立ち合って刃を交えれば、相手の腹の底が見えてくる。
 それは、戦場だけとは限らない。

 あの時、居合わせた警護の奴らから、一人選んで相手を命じたのは、ほんの気まぐれだったが、おかげで、またとないSoulを見逃さずに済んだんだ。
 大体、たまには毛色の違う相手に楽しませてもらいたい。

「見かけによらず良いノリだ。
 つい、マジで斬っちまうとこだったぜ。」

 勝負がつくと、あいつは刀を納めてから恭しく膝をついた。

「お誉めにあずかり、恐悦至極に存じます。」

「お前、名前は?」

「殿。恐れながら、その段は片倉様にご下問くださいませ。
 私は、これにて失礼いたします。」

 バカ正直に相手の言う通りにしたオレは、「忍に名などございません」てな、木で鼻をくくったような返事を食らった。

 今日も、執務を終えて自室に向う片手間に、それとなく話を振ったが、返ってくるのは取りつく島の無いものばかりだ。
 このオレが聞いてるってのに、小十郎の奴は「申し上げかねます。」の一点張り。いい性格してやがるぜ。

 頑として口を割らねえ上、オレが真面目に部屋へ戻るのを見届けようって腹らしいが、これじゃ、どっちが主かわかりゃしねえ。
 昔から一旦こうと決めりゃ、たとえ水責めにしようが火をかけようが変えねえところはあったが。

 ったく、いまいましい。
 一応、小十郎が神経を尖らせるのも、自分の配下を軽々しくオレに引き会わせない理由はわかる。
 うっかり、オレがロクでもない女に引っ掛かった日には、政が疎かになるって取り越し苦労と、どうせなら身分の釣り合う女を選べって理屈は、もっともだ。

 が、それはそれとして、なんとか小十郎をスマートに出し抜けねえかと頭を捻ってみる。
 お、そうだ。
 いっそ、忍の連中を手当たり次第に召し出してやろうか、と思いついたところで、どう察したのか先んじて諌められた。

「政宗様。くれぐれも、片端から忍をお召しになって詮議しようなどとはなさいませんように。」

 思わず舌打ちすると、やれやれと言いたげな溜息が聞こえた。

「ウチで抱えてる忍なんだろ。何が問題だ?
 おれは、あいつの女振りじゃなく、腕を買ってんだぜ。」

「お言葉ですが、政宗様にそのおつもりが無くとも、周囲の目というものがございます。
 身分がどうこう、というだけでなく、戦忍は金で動く者。
 いつ、どこへ買収されるや知れたものではないゆえ、お側近くに置かれることは、控えられるに越したことはございません。
 もう一つ言わせていただければ、先立っては、お戯れが過ぎましょう。
 あのような、お命に関わるような申されようは」

「あー、またそれかよ。All Right! 安心しろ。
 オレは、どこの馬の骨とも知れねえ忍に入れ込むほど、暇じゃねえ。」

 口先で小言をかわしつつ、どうしたもんかと思いながら自室の襖を開ける。
 と、一歩室内に踏み込んで、床に散らかっている物が否応なく目に入った。
 それは確かに、今朝、部屋を出た時には無かったものだ。

「なんだ?」

 一枚を拾い上げ、内容を確認したオレは、信じ難い物を前に動きを止めた。
 その絵は色使いも華やかで、上質の紙に描かれていたが、とても大っぴらに鑑賞できるようなシロモノじゃなかった。
 半裸の男と女が、あられもない姿態で艶めかしくも生々しく、互いの体を絡みあわせている図だ。

「政宗様、いかがされましたか。」

 異状に気付いて声をかけたらしい小十郎だったが、オレが振り向いた時には、恐るべき素早さで背を向け、襖の向こうへ消えるところだった。
 あいつ、今から忍になっても十分やっていけるんじゃないか。
 と思う間に、礼にかなった音を立てて襖が閉まる。

「小十郎?」

「取り込んでおられるご様子。しばし、こちらで控えておりましょう。」

「てめえ、襖ごと叩っ斬られてぇのか。」

 なんでオレの部屋に、こんなもんが撒き散らされてるんだ。
 事情はわからないが、お門違いな誤解には腹が立った。

「どこのどいつか知らねえが、Mischiefに決まってんだろ。」

 抑えた口調に徹しつつ、オレは手荒く襖を開けると、半ば引きずるように小十郎を部屋へ入れ、手当たり次第に掴んだ数枚を相手の鼻先へ突きつけた。
 さすがに、少なくともオレの前では、常に冷静沈着を旨とする小十郎が、狼狽の色を浮かべた。

「そのような物、みだりに振り回されますな!」

「賊が残してった証拠だぜ。
 Ah? まだ、勘違いしてんじゃねえだろうな。」

「そのようなことはございません。」

「とか言って、目ぇそらしてんじゃねえよ。」

「勝絵など、じっくり拝見すれば、それはそれで何か仰っしゃるでしょう。」

「そりゃ考えすぎってもんだ。
 男なら、こういうもんに無関心なほうが、どうかしてるぜ。」

 言い終わるかどうか、という刹那、ごく微かに頭上に人の気配が揺れた。

「何奴ッ!」

 素早く小十郎が投げた脇差しが、狙い違わず気配のあった辺りの天井を貫く。

「出てこい! こそこそと覗き見たぁ悪趣味だぜ。」

 言い放つ小十郎は、いつもの威勢を取りもどしている。
 身を隠していた奴は、ひらりと目の前に降りるなり、平伏して詫びた。

「殿。片倉様。とんだ非礼の数々、申し訳ございませぬ。」

 そいつは、この前、オレと刀を交えた忍だった。








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◇2011.01.16◇
 
 






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