忍ぶれど 〜後編〜
しくじりました。
これが任務中なら命が無かったことでしょう。
まったくもって、お恥ずかしい。忍失格です。
私としたことが、嬉しさのあまり呼吸を乱すとは。
でも、よかった!
とりあえず政宗様は、男子たるもの、男女の交わりに関心あって当然というお考えなのですね。
私は、お二人の前にまかり出るなり、すぐさま平伏して詫び、恭順の意を示しつつ、自分の不出来さに歯噛みしておりました。
我が身の振り方については、まだ安心するのは早いですね。
即座に無礼討ちにされなかったとは言え、城に戻り次第任務について報告するはずであったのに、そちらは成し遂げておりませんし。
戻る日をサバを読んで伝えていたことは言うまでもなく、寄り道までしていたことは、できれば報告せずに済ませたいものです。
「お前、こないだの」
「政宗様! この場は小十郎にお任せいただきたく存じます。」
ああ、なぜか政宗様は笑顔でご機嫌良さそうなのに、片倉様が切り口上で遮ってしまわれました。
それにしても、この前の立ち合いをご記憶いただいていたとは!
これで私、もう思い残すことはなく……なんて思えるほど出来た人間じゃありません。
この世の未練が山程増えてしまったではありませんか、政宗様。
「てめえ、どういう了見だ? 主君に狼藉を働いた覚悟は、出来てんだろうな。」
「短慮にて不調法の段、申し開きのしようもございません。
ですが、全ては一重に主家を思ってのことでございました。
どのような罰も受けますので、なにとぞお許しくださいませ。」
こういう時、下手に言い訳をすると、かえって悪い方へ転びます。
まさか、この部屋に二人揃って戻ってこられるとは、とか、政宗様の反応だけ見たかったんです、なんて言えるわけないんですけれども。
私は、クビにだけはされたくないので、ひたすら低姿勢を貫くことにいたしました。
目を吊り上げている片倉様の後ろで、政宗様が床のあちこちに散らかっている絵を拾い集め、順番通りに差し替えて御覧になってらっしゃいます。
見かけによらず小まめ。そういうところも……。
「ほう、どんな配慮とやらが、こんな悪ふざけになるのか聞かせてもらえるんだろうな。」
一方、抜刀していなくとも、片倉様がすごまれると、かなりの迫力です。
ここは覚悟を決めて、事の要点をお話してしまいましょう。
「実は、かくかくしかじかの噂が、諸国で取り沙汰されております。
無礼千万、根も葉もない噂とは言え、お家のためを思えば、世に流布する戯れ言を打ち消し、下々に至るまで伊達家のご威光をあまねく知らしめることこそ肝要かと愚考した次第。
それには、いかに政宗様がご多忙なれど、お家繁栄のお勤めを滞りなく進めていただくのが近道でございます。
そのためには、手段を問わず遂行すべしと心に決め、この度、手始めに絵図を一揃いご用意つかまつりました。」
言い終えると、部屋に沈黙が流れました。
退屈そうに枕絵の束を突っついていた政宗様も、背筋を正して詰問姿勢だった片倉様も、茫然と私を見つめておいでです。
何か、信じ難いものを見る目をなさってますが、そうでしょうね。
伊達家主従は、わり無き仲だ。
独眼竜は、ご自慢の軍師と衆道にふけっている。
そんな噂、ご本人達の耳に入れにくい……とは思っていましたが。
これほど驚愕されるとは。
「一体そりゃ、どこの城下だ? 笑えねえジョークだぜ。」
政宗様。いち早く気を取り直し、なおかつ即座に戦闘体勢に入れる反射神経はさすがです。
薄い笑みの上に、「全員、首を洗って待ってやがれ」って書かれています。
一方、片倉様は反応が冷静、というか怒りを圧縮して抑制する術に長けていらっしゃいます。一瞬瞑目してから、ゆるゆると政宗様の方へ体の向きを変えられました。
次の瞬間、お二人が同時にピシリとお互いの名前を呼ばれました。
「小十郎!」
「政宗様!」
ここは立場上、仕方なく片倉様が譲る形となります。
「お前、畑の面倒ばっか見てねえで、とっとと嫁を取れ!
片倉家の繁栄も重要だろうが。You See?」
正面からの斬り込みを見事上段で受け、片倉様は反撃に出られます。
「当家の内情までご心配いただき、まことに痛み入ります。
かくなる上は、主君のご厚情にお応えすべく、急ぎ政宗様にふさわしき奥方候補を選定し、お勧めいたしましょう。」
お二人とも、しばし睨み合ったあと、いっそう激しく戦いの口火が切られました。
「オレの嫁選びまでは頼んでないぜ。」
「あなた様ではなく、お家の大事と申しあげているのです。」
「いつも言ってんだろ? オレは半端なことはしたくねえ。
まずは天下! ほかの話はそれからだ。」
「先を見据えればこそ、戦をされぬ時期には、しかるべき方と世継ぎの君をもうけられるべきで」
「そんなこたぁ聞き飽いてる。」
「ご理解いただけるまで、何度でも申し上げる!」
私は、一体どこで期を見計らって、この場を辞したら良いのでしょうか。
身分の差という厚い壁があるため、とりなす訳にゆかぬ私は黙って見ているばかりです。
ようやく、片倉様は話し合いが長丁場になることを覚悟されたようで、思い出したようにこちらを振り返り、ぶっきらぼうに言われました。
「下がれ、。追って沙汰する。」
私が応えるより速く、政宗様がパッと顔を輝かせて命じられました。
「か! そうか! おい、これから時々、オレの鍛錬に付き合え。」
「承知いたしました。」
言った者勝ちです。
それは片倉様が、なんとも言えぬ悔しげな顔で睨みつけておられるのも気づかなかったフリで通す、ということです。
「Good! 楽しませろよ。」
まさか政宗様から声をかけていただけるなんて!
夢のようです。
いえ、夢ならまだしも、ひょっとして罠だったらどうしましょう。
政宗様が妙に勝ち誇った顔をされているものですから、仕事柄、つい勘繰ってしまいました。
ですが、そんなことは日常茶飯事。罠の無い敵地などありえません。
そして誰がキレようが前言撤回などいたしません。
というわけで、私が、間もなく響き渡った片倉様の怒号を背中に聞きながらも、脱兎の如き素早さで御前を下がらせていただいたのも、当然至極でございます。
←中編.へ
◇2011.07.16◇
小十郎の「小」は小言の「小」です。
小言を言ってくれる「やさしさ」があるんです。
というわけで、主従のやりとりが書けて楽しかったお話。
ちなみに「勝絵」というのは、侍が戦に持って行った枕絵のことで、戦勝祈念の役割もあったようです。
お守りの枕絵。男女和合はエネルギーの源だから、という考え方らしいですが、やはり戦場は男ばかりで寂しいので、夜のお供だったんだ! という見方もあるそうです。興味のある方は、辞書や本で調べてみてください。