張本人 〜後編〜


! あんた生きてたの!?」

「そう。だーかーら、私の行李を山分けするの待ってもらえる?」

「あーあ。なーんだぁ」

 なんとか奥州に戻った私は、まず忍仲間の無断の形見分けを止めました。
 といっても仲間が薄情なわけじゃありません。
 忍の生死は予想なんてつかないから、死人の物は生きてる者で分けあってそれぞれが役立てる。
 よくあることです。

「かくかくしかじかってわけ」

「片倉様にかつがれたんだ〜」

って目ぇつけられてたからね」

「ま、十分すぎるほど策に仕返しされちゃってるけど?」

 皮肉な笑みを浮かべた仲間は、私の帰りを喜んでくれています。
 油断をすれば明日は我が身、という立場は同じですから。

「どういうこと?」

「殿がね。見りゃわかるけど」

「ぼーっとしちゃっててヤバいの」

! うまくやって、あたしたちの給金も上げてもらってね!」

 なに? それ。
 くわしく話してくれず突っつきあってクスクス笑っていると、忍も普通の女達と変わりません。

「あー、じゃ見てくる。はじめからバカ正直に片倉様のとこへ行く気はないし。
 さきに殿のとこ行って、首になんないように取りなしてもらうつもりだからさ」

「よし、あたし達は協力しようっ」

 とても心強い。
 夜半を待って私は城内に、政宗様の居室へ向いました。

 あれ? 政宗様が起きてらっしゃる。
 そういうこともあるでしょうけど、不思議なことに片倉様も同席中です。

「目が冴えちまってんだよ、いいじゃねぇか」

「なりません! 酒がなくとも床に入って目を閉じておられれば眠気を催してまいりましょう」

「んー、まあ……そりゃ、なぁ……」

 なんで片倉様が不寝番をなさってるんでしょう。
 近衛も近習も手はあるというのに。

 政宗様はお疲れなのか口を閉じて脇息にひじをつき、けだるげにもたれかかられました。
 まさか病にでも!?
 いや、それなら忍仲間の中に早々に荷物をまとめていた者がいたはず。

「さ、お早く次の間へ」

 床を取ってある間へ追い立てるように政宗様が入っていかれたあと、片倉様はしばらく襖を警戒してから廊下へ出て行かれました。

 これなら……。

 そっと屋根裏を歩き、寝所に音を立てずに降り立ちます。
 細心の注意を払って片倉様に気づかれぬようにしなければ。

「……なんだ」

「殿、いそぎお伝えすることがございますれば」

 お返事がありません。
 政宗様、身分違いの忍としてはお許しがないと直言しにくいのですよ?
 大体ほんとうに火急の知らせならどうされます。
 のんびり、のべられた床の上に座って頬づえついて物思いにふけっておられずに!

 ……どうも……政宗様らしくありません。

 私はクナイを構え、蛇のように鋭く速く首を狙って突きを繰り出しました。
 さすがに、気配を察した政宗様が振り返られます。
 避けるか横薙ぎに払うか、と、思ったのですが……。
 燭台のうすあかりの中、政宗様は人形のように私を見ていらっしゃる「だけ」。

「政宗様? が一本、で、よろしいので?」

 私が鋭い切っ先を引いていなければ、あるいは本物の刺客であったなら、主をなくす所でした。
 ゆっくり、というより何かを恐れるように慎重に、クナイを無視した間合いで手がのびて、
 私の頬に指が、そして手の平が押し当てられました。

「おまえ」

「はッ」

 今度こそお叱りを受けるかと身構えた直後、政宗様の思わぬ行動に不覚にも驚きました。

「〜〜ッ……い、痛いッ! ちょッ殿っ、おやめくださいっ!」

「そうか」

 人の頬を思いきりつねり上げた後での一言には安堵のような響きがありました。
 何をお考えでいらっしゃるのでしょう?
 悩む私が、少し緊張のほどけた政宗様の瞳を見られたのは一瞬のこと。
 いきなり力いっぱい胸ぐらを掴み上げられ、大声で怒鳴りつけられました。

、てめえGostか何かかと思っただろうがッ。帰ってきてたんなら早く来やがれッ!」

「幽霊」はともかく「何か」って何ですか!?
 だいたい、今、来てるじゃありませんか。
 なにより声が大きい! 私は片倉様に見つかると困るんですっ。

「不覚を取り遅れましたこと、申し訳ございません。
 こちらに真田殿から文を」

「……そんなもん……どうっだって良いッ!!」

「あの、落ちつかれて、声を落としてくださいませ」

 なぜ激昂されているんでしょう?
 さっきまでの物憂い様子はどこへやらな政宗様は(比較したくありませんが)真田殿に負けず劣らずの聞く耳を持たぬ勢いです。
 そして私が案じたように、これを聞き逃すようなあの方ではありません。

「政宗様! 失礼いたす」

 たぶん、殿に何の許しも得ずに寝所へ踏み込める唯一の方ですね。
 私を見るなり迷わず刀に手を掛けられた片倉様。
 陣ぶれがあったわけでも無いのに戦装束って、平時に何を覚悟されてるのです?
 あやまるぐらいなら入ってこなければ良いのに……。

「てめえ、どうしてここに」

 絶対、政宗様に吊り上げられた状態でなければ一刀両断にされていたことでしょう。
 普段は、まずこんなことをする政宗様を制止されるのですが。

「片倉様。私は」

「Shut up! 今ごろ戻ってきやがって、しかも幻でもGostでもねえってよ、小十郎」

 途中から、くっくっく、と不穏な笑い声が混じり、どこか朗らかな口調になられても
 ……殺気立っておられることに変わりはありません。
 怒るなり喜ぶなり、どちらかになさってください政宗様!
 私は片倉様にそれとなく目で助けを求めましたが、あっさり無視されました。
 この状況を前にして、忍より主の状態が気になっていらっしゃる様子。

「政宗様。それは……、一旦下へ置かれては」

 それ、って「物」あつかいですね。一応感謝しておきますけれど。

「Ha! 俺はなあ、全部こいつのせいだった気がしてんだ。
 さぞ、土産話があるんだろうな?」

 そんな脅すように聞かれましても……。
 話なら、あるにはあります。ただ、今言って取り合っていただけるのかどうか。
 とりあえず殿に何があったのかを先にお聞きしたいところです。
 今さらながら先に会う人を間違えたかも、と片倉様の顔色を再度うかがおうにも、
 妙な高揚感にとらわれた政宗様から目をそらせない緊迫した状況。
 一体、私が不在の間に何があったのやら。

 武人なら腕で問うこともできるでしょう
 ですが、忍とは武芸のみをもって世を渡る者ではございません。
 気を取り直し、にっこりと微笑むと、練り絹のような声で申し上げました。

「それはもう山のようにございます。ですが……」

 ちらりと片倉様に目をやり、気にする様子を見せます。

「外せ、小十郎」

「しかし、その者は」

「は、ず、せ」

 不承不承、と顔に大書きした片倉様が下がられました!
 これで殿とお話をする、という当初の目的が達成できそうです。
 それとなく殿から、私がクビにされないよう取りなしていただかねば。

 それが……


 邪魔者が消え、床の上で向かい合ったと思った矢先

「殿? 今からお話いたしますので……っ重い、んですけれど
 このようなことはお話のあとに」

「もう、たくさん、なんだよ」

「えっ? 殿っ! 政宗様!
 困りますッ、絶対、片倉様に気…ご心配がアレですよ!
 ……あぁ、もうそんな、いけません……」

「いーじゃねえか……夜だろ、だまって寝てろ」

「政宗様が、そうおっしゃるなら……」

 このあたりで、気配から察するに、怒り、困惑された末に諦めて
 片倉様が廊下を遠くへ大股で歩いていってしまわれました。
 でも、目の前だったらバレているところです。
 片倉様が思われたほど、私は甘いご褒美がいただけているわけではありません。
 切り替えが早いのか、やはりお疲れだったのか。
 政宗様がぐったりもたれかかってこられての、共寝、です。

 まあ、これはこれで悪くありませんね。
 クビにはならないでしょうし、あたたかい。
 「既成事実」を元手に、早々に骨折り代をいただくといたしましょう。








←中編へ  












◇2015.04.04
 思ったより長くなりましたが「政宗×忍の馴れ初め話」です。
 そして、気づけば小十郎に苦労ばかりかけている当サイト!
 小十郎&ファンの皆さん、ごめんなさい。








夢小説 | リンク |  雑記 | 案内