波の花 〜3〜


 俺は注意深く、寝息を立てている女の様子を見た。
 軽く髪を引っ張ってみるが、起きる気配は無い。

「おう、もういいぜ。」

 今夜、夜釣りに選んだ舟は遊山向きの作りで、簡素な一間を備えている。
 まさか人間を釣り上げるたぁ思ってなかったが。

 軽く壁を叩いたのを合図に、今まで黙らせておいた子分の一人が足を忍ばせて入ってきた。
 そいつに、女が持っていた荷物の中を改めるように合図する一方、格子を上げて外に居る奴らに声をかける。

「おい、どうにも妙な話じゃねぇか。」

「アニキの顔を知らねえってなぁ、芝居じゃないんですかい。」

「てかホントに寝てんですか? その女。」

「心配いらねえ。白川夜舟だ。そっちはどうよ。」

 傷を手当てにかこつけて女の手を見てみたが、戦や舟どころか水仕事さえやりつけて無いようだった。
 育ちのよさそうな女が夜の海をふらついて、挙句、この俺の顔も知らないと来ては、誰の差し金か見当がつきかねる。

「アニキ、着替えなんぞが入ってやした。」

 女の荷をほどいた子分も首をかしげている。
 そりゃぁそうだろう。明日を諦め、自害を思い立って舟を出した奴なら、そんな荷を準備する道理は無え。

「恨みがましいどこぞの野郎が、絡め手で来やがったんじゃねぇんですかい。」

「だとすりゃ、ご苦労なこったなぁ。」

 今までも、わけありで俺を頼ってくる奴は数知れずいた。それにまぎれて企み事を持ちこむ奴も。
 ここで、こいつがよほどの阿呆か、よほどの手練か、と、考えてみてもラチは開かない。
 こっちの腹は、とっくに決まっている。

「で、アニキ、こいつぁ連れて帰るんで?」

「おうよ。息のある人間を海に流すわけにもいかねえ。
 この西海の鬼に一泡吹かせようってんなら、お手並拝見と行こうじゃねえか。」

 何が起こるか分からない、とくれば見逃せねえ。
 どの道、鬼を追いかけてくる気なら、今追い返した所で意味は無い。
 だから俺は、しばらく女を泳がせることに決めた。

「こいつは自由にさせてやる。つっても、その目的によりけりだ。
 てめえらも油断すんじゃねえぞ!」

「へい! アニキ!」

 戻ったら、他の野郎どもにも、よく言っておかなきゃならねえな、と打ち合わせを終えると、人を増やした舟は滑るように港を目指して走りだした。









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◇2010.10.03◇
 考えるべきところを、しっかり押さえている元親が書けて幸せです。






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