Killing Me Softly With His Song 〜後編〜



 私が連れて行かれたのは、温泉旅館の地下だった。
 いかにも秘密アジトらしく、カードキーで開く扉をいくつかくぐった後、応接室に通された。

「こちらで、しばらくお待ちください。」

 紅茶を出してくれたのは会社員風の女性で、部屋もテーブルも、これと言って変わった感じはしない。
 違うのは、見張りがついていることぐらいだろうか。
 黒髪で、どこか育ちの良さそうな顔立ちの男が、私が座っているソファの横に立っている。

 お茶を飲みながら30分も待った頃、ノックの音と共にシュバインが入ってきた。

「待たせたな。」

 見張りを下がらせ、私にカバンを手渡すと、さっそく煙草に火をつけた。

君。
 行きがかり上、止むを得なかったとは言え、迷惑をかけて悪かった。」

「…。」

「まあ、そんな目で睨むな。
 俺にも責任ってもんがある。」

 当然、思いっきり警戒している私に苦笑いすると、大判の茶封筒を渡してよこした。

「これは?」

「迷惑料、だな。」

 封筒を開けると、会社案内らしきものが入っていた。
 給与は歩合から月給まであって応相談、主な勤務地は国と地域名だけ書かれていて、社名がどこにも書かれていない。
 なんて怪しいんだろう、と思いながらも、充実の福利厚生に目が吸い寄せられる。

「家業を継がないなら、うちへ来ないか。」

「え。」

「まだ決まってないんだろ?」

 私は、素早く書類を封筒に戻すと、クルリと向きを変えて向い側へ押しやった。

「だからって、悪の組織に入ったりしません。」

「うちは合法の仕事も請け負ってるぞ。」

「普通の会社は、そういうことで自慢しません!」

「しかし、まだ決まってないんだろう。就職先。」

「う…。」

 それは間違っていないので、ムッとして口をつぐむ。

は情報屋で知れた家だからな。
 普通の会社じゃ敬遠しとくのが、まともな対応だ。」

 私は、ため息をついて、うなだれた。
 自分でも、ちょっと特殊な家業が関係あるんじゃないか、とは思っていたけれど、面と向って言われるとショックだ。

「表向き、占いとパワーストーンの店を装ってるって話だが…
 一部では、占いが予想以上に当るとかいう噂もある。」

 私の逃げ場が、どんどん無くなっていくなぁ、と思いながら漂っている煙を追って目を泳がせた。

「それは、そーなんですけど。
 勘が働くのと、実際に問題が片付けられるかは別ですよ。」

 今日だって、危険は察知できていたけれど、その後のボロボロな展開を思い返すと、我ながら期待はずれで非実用的だと思う。
 それでも、私が家の仕事を手伝っていた時は、お客の名前はすぐに忘れないといけないし、夜中に起されても即集中して誰かの命に関わる占いをしなくちゃいけなかったりで、大変だったっけ。
 だからこそ、普通の仕事をしたいと思って家業は妹に任せることにしたのに。

「私は、普通に静かに、夜中にカードリーディングしなくて良い生活がしたいんです。それに、腕力無いからケンカとかできないし、護身術も知らないし、脅したりするのは嫌だから、ぜんぜん構成員なんて向いてないと思うんですけど?」

 さすがに、これだけ言えば諦めるだろうと思っていたら、相手は落ち着いて一つずつ問題点について話し始めた。

「まず、うちじゃ時間外勤務には手当を出す。
 スキルについては、ビジネスマナーから銃の扱いまで各種研修を随時行っている。社交ダンスやティーサーブもあるから、くわしいことは書類を読んでくれ。
 それと、仕事によって能力の合ったチームを選抜、あるいは結成し、各人の能力と特性を活かせるマネージメントを行っている。
 なにより、今は全世界的に人材不足だ。地道な悪事のスキルを継承していくためにも、多様な個性が必要とされる。うちの組織は、そんな現状を踏まえて、幅広い人材発掘と育成を心掛けてるんだ。」

 筋が通っていて手馴れた話ぶりだった。
 聞いているうちに、そんなにちゃんとした理念と体制で運営されているなら、下手な会社に勤めるより良いかも、なんて思ってしまった。
 でも、なんていうか…全く負けっぱなしなのは悔しい。

「”地道な悪事”、なんてものが?」

「あるさ。最近の若い奴は、安易に銃で殺しちまう。
 そういうのは、足がつきやすくて長続きしないもんだ。
 誰かが、撃たなくていい方法を教えてやれば、時間はかかるがビジネスそのものの首を締めなくて良くなる。」

「それって…。」

 いわゆる必要悪の正当化なんじゃないか、と言いかけて、思いとどまった。
 この人と話していると、自分がヒヨッコで、到底歯が立つ相手じゃないことばかり思い知らされる。
 そんな相手を、ほんの少し尊敬してしまうほどだ。
 何を言うべきか迷っていると、テーブルの上を、封筒が押し戻されてきた。


「いい返事を待っている。」


 私がもらって帰った封筒は、自分の部屋でカバンから取り出してみると、まだ煙草の香りがしていた。







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◇2010.01.03◇
 黒くてナイスな仕事っぷりを堪能したあと、組織に入れてもらえそうなお話にしました。
 これをきっかけに、シュバインさんに脅され隊! な乙女が増えますように!




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