1.一ノ瀬トキヤの懸念
彼女は寮の談話室ですごす和やかな時間が好きです。
しかし私の見るところ、紅一点の作曲家を囲む私達の心は見た目ほど穏やかではありません。
さんは紅茶のカップを置くと嬉しそうに微笑んで口をひらきました。
「皆さん、寮のお部屋が個室になったそうですね」
私達はもはやマスターコースの駆け出しアイドルではありません。
今や名実ともに国民的アイドルの座を手にしたST☆RISH。
メンバーは全員めでたく「一人前」になったのです。
「そうだよ。いつでも遊びにおいでレディ」
ウィンクされたさんは困ったようにあいまいな返事を返しています。
その様子にレン以外の誰もがほっとする一方で、少々がっかりもしていることでしょう。
「あの、よそにお部屋を借りても良くなったって聞きました」
もし私が寮を出たら、あなたは寂しがってくれるでしょうか。
もちろん答えはYESですね。
さんは仲間を大切にしている。
「それは、あなたもでしょう。どうするんですか?」
この質問は全員の関心事。
「私は今のままです。
作曲のための機材がすごく揃っているので」
「なるほど。図書室も充実しているので私も気に入っています」
「そうそう。トレーニングジムは結構使ってるんだよな」
「いつでもグランドピアノに触れられる環境が良い」
翔も聖川さんも寮の良い所を挙げましたが、一番の理由は他にあるのでしょう?
「がここにいるならワタシもここにいます」
「そうですね。僕もあなたといっしょにすごせるのが嬉しいです」
「俺もっ! いっぱい君と新しい曲を歌いたいな」
無邪気と天然とバカの攻撃はさすがにストレートですね。
できることなら彼らとさんを二人きりにはしたくありません。
私の心配をよそにさんはニコニコと「そうですか」などと答えています。
そこは普通、多少なりとも恥ずかしがったり動揺したりするところでは?
彼女が恋愛に奥手で鈍いのは幸い、なのでしょうか。
最近、だんだん自信がなくなってきました。
聖川さんが控えめにため息をつき、翔が「おまえら、なぁ」とだけ言って肩を落とします。
レンはソファにもたれかかって窓の外を眺め、何もなかったかのようなそぶり。
カップを取り、さめた紅茶を一口飲んだところで愛島さんがさんに話しかけました。
「。ワタシ、最近悩んでいます」
「え?」
次の言葉は全員の注目を集めました。
「愛について、です」
大勢の前で、よもや抜け駆けとは思いたくありませんが、彼の行動は読めない。
「愛を伝える言葉。日本語、むつかしいです」
「愛島、俺が相談に乗ろう!」
私より早く聖川さんが見事なフォローを決めます。
この分野にかけてはレンも遅れを取りません。
「なーんでオレに相談しないのさ、セッシー」
「僕もお手伝いしますよ〜」
「私もお役に立てると思います」
私達がいい人集団に見えるのか、さんが顔を輝かせました。
「セシルさん。勉強熱心なんですね。
皆さんも応援してくださってますよ」
やはり……。
さんの言葉に、やや不満そうながらも愛島さんは口をつぐみました。
それにしても、他より一歩でも先んじるため、何か行動を起こすべきですね。
何もしないで愛する人をあきらめるなど、とても私にはできません。
2.君と二人で〜一ノ瀬トキヤへ→
◇2017.2.20