「夏とカフェ」
毎日暑いです。でも、夜になると風が涼しくなり過ごしやすくなるので冷房は切ることもあります。そのとき室内の温度は30度。日中の35度から比べればありがたいことで、ちなみに我が家の冷房の設定温度は29度です。
さて、暑い毎日だからといって家にばかり居るのも非生産的な気分がしたので、今日はカレーとナンを出すというカフェに行ってみることにしました。
こないだ目指したカフェは場所をしっかり確認しておかなかったのが敗因でした。今回は下調べもきちんとし、定休日でないことも押さえた上で出かけました。
正午を少しまわったころでした。史跡に近い急行の止まる駅で降りたものの、しばらく歩くと、照りつける太陽の下で道を歩いている人影はだんだん少なくなってゆきました。目指す店は民家を改築した所です。かすかな高校のブラスバンド部の音楽も全く聞こえなくなり、蝉の声と私の足音、それに電車の通り過ぎる響きばかりになったころ、私は古びた民家を見つけました。
門の外には営業中と書かれた白い板が傾いて置かれた台。門と言ったのはツタ科の植物に覆われた狭い二本の柱で、庭らしき場所には無秩序に近い状態で木々が植えられていました。そこにオリエンタル風ジャングル以外のコンセプトがあるとすれば、それは気狂いの庭師しか理解しえない分野の芸術でしょう。二メートル近いバナナの茂った木の裏側に、それだけ洋風の布製パラソルと机などがカフェらしく置かれていました。
狭い縁側はざらざらとした手触りで、開け放たれた二間の和室には大柄な黒っぽい机が三つ置かれ、そのまわりには薄い座布団が四五枚ずつあります。部屋の東側の隅にはインド風の指輪やアクセサリーを並べてある台があり、西側の隅には太鼓のような楽器が転がっています。地方のユースホステルなどへ行くと、部屋の床の間あたりに所狭しと得体の知れない彫刻やら鋳物やらが埃まみれのまま置かれていることがありますが、ここにある物達からもそれらと同じ、ぞんざいに放置された年代ものの匂いがしました。
建物の奥には台所らしい場所が見えていました。コンロや、その上にかけられた薬缶。でも人の気配はありません。
わたしはサンダルを脱いで縁側へ上がりました。見たとおり細かな砂の感触が足の裏にして、それはそのまま日焼けした畳を踏み座布団の上まで行っても変わりませんでした。艶の無い木製の机の上からプラスチック製のシートに挟まれたシンプルなメニューを取り上げると、何種類かのカレーやナンの値段が分かりました。
ひっそり静まり返った夏の正午すぎに、何かを営業中の他人の家に上がりこんでいる私としては、何ももう頼まないとしても奥へ声を掛けてみたほうが良いように思いました。
「ごめんください」
すみません、と言えなかったのは、この何風だかわからない空間には、ふつうの喫茶店で発するような言葉が似つかわしくないからです。
返事は、ありませんでした。耳を澄しているときに家のどこかから、ごほごほと咳こむ声が聞こえましたが、それはこの店と関係があるのかどうかわかりません。
私は少し息を吐いてから、やや急いでメニューを机の上へ戻すと、ざらついた縁側から庭へ降りました。靴ぬぎを降りて家を見上げると、軒下の壁に木の板を何かの姿に彫ったものが飾ってありましたが、それもずいぶん急ごしらえに見える取り付け方でした。
炎天下に来た道を戻り、だんだん高校のブラスバンド部の練習が聞こえてきたときには、人通りの無い道も懐かしく思えました。
この話を聞かせると「形だけなんじゃないの」と弟は言いました。
店は無くなりかけているのか、それとも店主が偶然居なかっただけなのでしょうか。
「なんでお姉ちゃんはそういう…トコを引き当てんのさ。」
本当に。
ひとつお断りしておきたいのですが、私は楽しくゆっくりできて、有名店でなくても料理やスウィーツを手作りしている堅実なカフェに行きたいだけなのです。体験を語るためのネタ探しに行っているわけではありません。
そろそろ、お店の名誉のために名前を伏せねばならないような「世にも奇妙な古都のカフェ」では無いところと巡り会いたいです。
(※カフェの場所と名前に興味を持たれた方には問い合わせていただければ個人的にお教えいたします。)
2007年8月14日(火)