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「仕事」(小声の爪No.19を更新しました。)

 3月ですね。ついこの間詩の更新をしたところのような気が、ずっとしていましたが、 今日雑記ページの日付を見て目が覚める思いでした。
 実は、4月から私の職場での雇用形態が変わります。 パートタイム的な立場から昇格して、月給をいただくことになりました。 仕事内容も変わるので、3月いっぱいで退職される前任者から仕事の引継ぎを受けているところです。 仕事のことはともかくとしても、引継ぎをしてくださる方との人間関係が難しいせいか、 どうもお腹の調子が良くありません。
 仕事以外のことが、いろいろお留守になっているなぁと思っていたら、 もうひとつ思い出しました。3月になったら、 トップ写真を掛けかえようと思っていたのでした。

2005年3月5日(火)
「引継ぎ中1」

 どうしても、笑顔になれない。
 誰にも、長い人生の間にはそんな日があるでしょう。ちょうど今、私はそのような日々を 送っています。
 数日前突然、じゃくり…と音を立てて頬の内側を噛んでしまったのです。 いえ、その勢いは「噛んだ」というよりは「咀嚼した」と言うのがぴったりするほどでした。 すると、奥歯の当たるあたりに大きな噛み跡ができ、口角を上げる 口の形をとると、ちょうど噛み跡に奥歯が当たって痛くてたまりません。
 鏡で頬の内側を見てみると、赤白赤と縞模様になっていて、今夜も笑顔を阻んでいます。

2005年3月11日(金)
「引継ぎ中2」

 昨日の深夜、トップの写真を掛けかえました。
 「12日までにかえられた!」と満足して寝たのですが、今日HPを見てみてびっくりしました。 写真のあるべき場所が空白…。「あれっ?」と確認してみたら、HTMLだけ書き換えて、肝心 の写真をサーバーへアップし忘れておりました。
 引継ぎ業務時間中に、一日の集中力を使い果たしているのか、どうもウッカリが多くて 仕方がありません。職場の近くでも、自分で気がついたときに驚くような行動が増えています。
 1.更衣室のロッカーに荷物(財布・携帯入り)を入れ、 鍵をかけ忘れて離れた仕事場で一日中のほほんと仕事。
 2.仕事が終わって荷物を取り、制服から着替えて、ロッカーに鍵を差したまま帰宅すること2回。
 3.雨の日にか傘を警備室で借り、次の日も雨だったのでちゃんと自分の傘と2本持って 職場へ。借りた傘を返し、自分の傘はロッカーの中へ置いて仕事をし、終わって ロッカーを開けてびっくり!なんと朝返したはずのビニール傘がそこに置いてありました。

2005年3月12日(土)
「引継ぎ中3」

 下の、ロッカーの鍵を差しっぱなしで帰宅した話を家族にしました。
 母が「ロッカーの戸を開けられないように、何か書いて貼っといたらどうかしら。」
 私「たとえば?」
 母「”開けたら死ぬで”とか。」
 私「”どく入りロッカー開けたら死ぬで”?」
 弟「あはははははははは。」
この話の元ネタが分かる方が職場にどれだけいるか分かりませんが、ともかく、そんなことロッカーに書けません。


2005年3月18日(金)
「梅と私」

 先週の土曜は誕生日でした。
 私が生まれたころには、市から新生児に誕生祝いの苗木が贈られる決まりになっていて、 私は白梅の苗木を貰いました。
 庭に植わっている白梅は、ちょうど花の盛りです。父がそれを見て、「いやー、この 梅の木も三十年近く経つと大きく綺麗になって…」私は、つい、手に沸騰してコンロから下ろしたばかりのヤカンを持ったままで、文句 を言いに行ってしまいました。
 私「ちょっと、何を年数を切り上げてるのよ!」
 父「え…あ!…ご、ごめんなさい、えーっと…二十数年経つと、梅もあきこちゃんも…だけど 僕はちゃんと”近く”って言ってたよ?」
 後で、この話を母にしてみました。
 すると母は、「あらー、あんたと梅は全然違うのにねぇ。」と言い、続けて、 「梅は家に来て五年で綺麗な花を咲かせてたけど、あきこちゃんは、とてもじゃないけど 五年そこそこじゃ綺麗に花開いたとは言い難かったものね。」
 母の言葉は真実を突いてはいるけれど、フォローにはなっていませんでした。


2005年3月19日(土)
「味」

 先週末から体を壊しています。初めのころ悪かった胃腸は、もう元に戻りましたが、今度はくしゃみと咳に悩まされています。もし、今、魔法使いが私に一つだけ魔法を教えてくれるという事になれば、「楽に呼吸ができるようになる魔法」を望むでしょう。
 さておき、不思議なのは、病気の時には体が苦しいことに気持ちが集中するのに、体が楽な時 は楽な事に集中していないことです。お腹が治りかけの頃に食べる物は、どれもとても美味しかった です。美味しさを満喫しながら、頭のもう一方で「いつか、おいしさに戻って行かないことにも なるんだろうなあ。」と思いました。でもこれは、明るくて落ち着いた気持ちだったから考えついたことでしたから、実際、大変な目に合っている時には「おいしさ」など「四次元茸」と同じ程度に 現実味の無い言葉としてしか、受け入れる余裕は無いことでしょう。
 それは一つの幸せなのかもしれません。

2005年3月29日(火)